THE LITTLE FOUNTAIN OF TODAY / KITE & SAVA'S STORY
生きる喜びは、いつも笑うことだけではありません。
きてちゃんとさばくんが、乾いた泉と町の人々を通して、今日を分かち合える尊さを見つける十五部作です。

THE MORNING OF THE DRY FOUNTAIN
第一部|乾いた泉の朝
海風の通る町の中庭で、古い泉だけが春を忘れたように乾いていました。赤い巻き髪のきてちゃんは、透明な翼をたたみ、白い石の底へ耳を近づけます。「何か、聞こえる?」黒い巻き髪のさばくんも、小さな身体をいっぱいにかがめました。石の奥で、こつん、と一度だけ、雫に似た音がしました。二人は顔を見合わせました。空っぽに見えた朝の底で、まだ何かが息をしていました。

THE BLUE SOUND BENEATH THE STONE
第二部|石の下の青い音
二人が落ち葉と小石を一つずつよけると、細い割れ目から冷たい水がにじみました。さばくんが両手で受けると、一滴は朝空を映し、小さな青い玉になりました。「泉は眠っているだけかな」「眠っているのか、立ち止まっているのか。もう少し耳を澄ませましょう」きてちゃんの髪を風が揺らし、一滴の水は、さばくんの手の中で確かに震えていました。

I WANT EVERYONE TO SMILE
第三部|「みんなを笑顔にしたい」
さばくんは空のバケツと大きな地図を抱え、泉へ水音を集める旅を思いつきました。「泉が戻ったら、町のみんなを笑顔にできるよ」きてちゃんは微笑みましたが、すぐにはうなずきませんでした。「笑いたくない朝もあるわ。それでも、その朝は大切に生きられているでしょう?」さばくんは少し考え、地図へ余白を一つ残しました。まだ知らない今日を置く場所でした。

SOUNDS THAT MAKE A MORNING
第四部|朝をつくる音
町には、目立たない音がいくつもありました。パン生地をこねる音、湯気を逃がす蓋の音。カーテンを開く指、椅子を整える手、眠そうな声で交わされる「おはよう」。「どれを瓶へ入れよう?」と、さばくんが尋ねます。「入れずに、ここで聞きましょう」と、きてちゃんは答えました。焼きたての香りの中で、二人のお腹が同時に鳴り、朝の音へ小さな笑いが一つ加わりました。

THE BRIDGE OF DIFFERENT PACES
第五部|歩幅の違う橋
川へ架かる橋を、速く歩く人も、小さな歩幅の人も、車輪で進む人も渡っていました。先へ駆けたさばくんは、途中で振り返り、きてちゃんが誰かと風を見ていることに気づきます。「急がなくても、泉は逃げない?」「ええ。でも、この風は今しか通らないかもしれないわ」さばくんは戻り、みんなと違う速さで歩きました。橋の上には、遅れではなく景色が増えていきました。

BY THE WINDOW WITHOUT A SMILE
第六部|笑わない人の窓辺
中庭の賑わいから離れ、ひとりの人が窓辺で静かに手を重ねていました。さばくんは明るい話を探しましたが、きてちゃんは椅子を少し離して置きました。「ご一緒してもいいですか」長い沈黙のあと、その人は「今日は、ここで風を聞いていたい」と言いました。三人は笑わずに風を聞きました。それでもカーテンが頬を撫でたとき、部屋の空気は少し温かくなりました。

THE EMPTY BLUE BOTTLE
第七部|空になった青い瓶
夕方、さばくんは集めたはずの音を泉へ注ごうと、青い瓶の蓋を開けました。けれど瓶から出てきたのは、何の音もしない空気だけでした。「ぼくは、何を集めていたんだろう」きてちゃんは瓶を覗き、「持ち帰れないからこそ、その場で大切にできたのかもしれないわ」と言いました。さばくんは空の瓶を胸へ抱きました。その空っぽは、朝とは少し違って見えました。

EVEN KITE'S WINGS GROW HEAVY
第八部|きてちゃんの羽も重くなる
一日じゅう人の声を聴いたきてちゃんの翼は、夕露を含んだように低く垂れていました。それでも彼女は次の窓へ向かおうとします。さばくんは黙って、その前へ水の杯を置きました。「今度は、ぼくがここにいる番だね」きてちゃんは驚いたあと、ようやく翼を休めました。二人は並んで水を飲みました。支える手と支えられる手が、静かなところで入れ替わりました。

THE CHANNEL WE HURRIED
第九部|急ぎすぎた水路
日が沈む前に泉を直したくなったさばくんは、ひとりで水路の大きな石を押しました。「もう少しだけ」と力を込めた瞬間、土が崩れ、見つけた細い流れまで泥に埋まりました。駆けつけたきてちゃんへ、さばくんは顔を上げられません。「みんなの今日を、ぼくが壊しちゃった」乾いた石へ夕闇が降り、二人の間には、言い訳よりも重い沈黙が残りました。

A NIGHT FOR DOING NOTHING
第十部|雨の夜、何もしない時間
その夜、強い雨が町を包みました。二人は軒下に座り、濡れた地図を開くこともしませんでした。「直したかったのに」と、さばくんが言いました。きてちゃんは「うん」とだけ答え、黒い巻き髪から落ちる雫をそっと拭いました。雨音の間に、二人の呼吸と小さな鼓動がありました。何も直せない夜にも、隣にいることはできました。やがて雲の向こうで、朝が薄くほどけ始めました。

PEOPLE WITH SMALL TOOLS
第十一部|小さな道具を持つ人たち
夜明けの水路へ戻ると、町の人たちが一人ずつ待っていました。手には匙、刷毛、布、小さな籠。どれも大きな石を動かす道具ではありません。「少しなら、できるよ」と誰かが言い、「休みながらなら」と別の声が続きました。さばくんの目に涙が浮かぶと、きてちゃんは何も隠さず、その隣へ立ちました。小さな道具が土へ触れ、途切れていた水路に、人の輪郭が戻り始めました。

THE PATH OF WATER
第十二部|水の通り道
落ち葉を拾う人、泥をすくう人、疲れた手へ温かな杯を渡す人。作業の速さも、できることも違いましたが、誰かの終わりから別の誰かが始めました。「ぼくは全部を持たなくていいんだね」「ええ。空いた手があるから、次の手を取れるのよ」きてちゃんの赤い髪と、さばくんの黒い巻き髪が風に揺れ、その下を細い水が進んでいきました。

THE VERY FIRST DROP
第十三部|最初の一滴
誰も声を出さないまま見守るなか、泉の口で透明なものがふるえました。一滴が落ち、乾いた石へ丸い音を置きます。続いて、もう一滴。やがて細い水音になりました。窓辺にいた人が歩み寄り、指先を水へ触れました。「冷たいね」その人は泣きながら笑い、さばくんも涙のまま笑いました。きてちゃんの翼いっぱいに朝日がほどけ、無数の色が人々の頬を渡ります。歓声より深い静けさの中で、みんなは同じ一滴を、違う心のまま受け取りました。

A CELEBRATION WITHOUT DANCING
第十四部|踊らない祝祭
中庭には果物と温かな飲み物が並びました。踊る人、手拍子する人、眺める人、眠る人。誰も同じ喜び方を求められず、泉のそばには思い思いの時間が流れていました。「あの人は笑っていないけど、お祝いしているのかな」さばくんが囁くと、きてちゃんは、水の拍子を数えるその人の指を示しました。二人も輪の端へ座り、冷たい水と甘い果物を、急がず一口ずつ味わいました。

LEAVES WILL FALL TOMORROW TOO
第十五部|明日も落ち葉は降る
翌朝、泉の水音は少し細くなっていました。一枚の葉が、水路へ落ちていたのです。さばくんが拾おうとすると、風が葉をさらい、ぺたりと小さな鼻へ貼りつけました。きてちゃんが声を立てて笑い、さばくんも葉の向こうで笑いました。二人が水路へかがむと、町から別の手が一つ、また一つと伸びてきます。揺れる水面には、赤と黒の巻き髪、透明な翼、雲の切れ間の青が映りました。泉は今日を完成させず、今日を分かち合いながら、まだ見ぬ朝へ水音を運んでいました。