THE QUILT WITH AN EMPTY SQUARE / SABA'S STORY
朝の共同台所で、さばくんは、誰より先に椅子を並べていました。
湯を沸かすことも、落ちたパンくずを拾うことも得意なのに、自分の席だけは、なかなか選べません。
小さな失敗、いつもの道での買い物、縫い目の曲がったキルト。
いつもの暮らしを重ねるうちに、誰かのために空けていた場所が、さばくん自身を迎える場所へ変わっていく、十五部の新しい物語です。

PART 01
第1部|数えなかった席
共同台所の戸を開けると、昨日のねぎが床に一本落ちていた。さばくんは箒で拾い、流しの水滴を拭き、窓を開けた。向かいのパン屋さんが来るころには、湯が小さな音を立てている。 「今日も早いね。座って、ひと休みしなよ」 さばくんは椅子を引いた。パン屋さんのために。隣のおばあさんには窓際、その隣に買い物帰りの人。湯飲みを三つ並べてから、足りないものはないか台所を見渡した。 自分の湯飲みは流しの横にあった。立ったまま飲むと、底に少しだけ冷たいお茶が残る。それを飲み切る前に、誰かの落とした匙を拾った。 「さばくんの席は?」と聞かれて、「あとで」と答えた。 お茶の時間が終わると、三つの椅子は机の下へ戻った。さばくんは湯飲みを洗い、自分の一つも伏せた。窓の取っ手を拭く手が、そこで少しだけゆっくりになった。

PART 02
第2部|一つ少ないじゃがいも
買い物の紙には、じゃがいも、石鹸、台所用の糸、と書いた。さばくんはいつもの道を歩き、八百屋で三つのじゃがいもを選んだ。一つずつ掌に載せ、傷の少ないほうを袋に入れる。 戻ると、隣のおばあさんが鍋を出していた。「今日は四人だね」。さばくんは袋を机に置き、じゃがいもを並べた。三つしかなかった。 「ぼくは、あとで何か買うから」 そう言って戸へ向かったところで、石鹸が袋から転がった。拾いに戻ると、まな板の上では一つのじゃがいもが四つに切られていた。 「小さくすれば、鍋に入るよ。ほかにも野菜はあるし」 さばくんは袋を畳まず、もう一度買い物の紙を広げた。じゃがいもの横に、四人、と書く。自分の分も買ってよかったのだと気づくまで、鉛筆の先は小さな点を作っていた。

PART 03
第3部|濡れた献立
皿を洗う水が跳ねて、机の端に置いた献立の紙が濡れた。さばくんは急いで掴み、かえって二つに破いてしまった。明日の汁物の名前が、裂け目をまたいでいる。 パン屋さんが入ってくる気配に、破れた紙を布巾の下へ押し込んだ。濡れた手を背中に回す。頼まれた掃除も終わらないうちに、また仕事を増やしてしまった。 「何か、こぼした?」 「紙を。破いちゃった。ぼくが書き直すから」 パン屋さんは布巾を持ち上げ、二つの紙を皿の裏で押さえた。「乾いたら、裏から貼ろう。ほら、まだ読める」。さばくんは、叱られるつもりで固くしていた肩を動かせなかった。 午後、糊が乾くまで二人で紙を持った。指を離すと、裂け目は少し曲がって残った。さばくんがそこをなぞると、パン屋さんは「明日は、これを作ろうか」と、同じ紙を壁に戻した。










