SHII AND THE FAMILIAR BENCH
小さな公園のベンチで、毎朝顔を合わせる白い鳩のしーちゃんと、おばあさん。いつもの姿が見えない朝、しーちゃんは見覚えのある散歩道へ飛び立ちます。日本の街角をめぐり、また隣に座るまでの、十二の小さな物語です。

十二の場面から読む

THE MORNING BENCH
第1部|朝のベンチ
住宅街の小さな公園に、木のベンチがありました。朝の光が背もたれに届くころ、白い鳩のしーちゃんが、すぐそばの低い枝に降りてきます。
ほどなく、おばあさんがやってきました。水色のブラウスに、生成りのカーディガンを羽織り、足もとの草花を眺めながら、いつもの端に腰を下ろします。
「おはよう。今日もいい朝ね」
しーちゃんは首をかしげて、それから小さく羽を整えました。
言葉の返事はなくても、朝の挨拶はそれで十分。ベンチの足もとに、ふたつの影がゆっくり伸びていきました。

A LITTLE DAILY ROUTINE
第2部|ふたりの日課
おばあさんは、ベンチで少し休んだあと、公園の花壇をひと回りします。しーちゃんも、地面を歩いたり枝へ移ったりしながら、その姿を見ていました。
「昨日より、つぼみが開いたね」
おばあさんの目が向く先には、小さな白い花。しーちゃんも同じ方へ、顔を向けます。
帰り道は、公園の門から花屋さんの前へ。その先には商店街があり、曲がり角を抜けると川沿いの道が続いていました。
毎朝すべてを一緒に歩くわけではありません。それでも、しーちゃんは水色のブラウスと、その穏やかな足どりを覚えていました。

AN EMPTY PLACE
第3部|空いている場所
何日か雨が続いたあと、ようやく公園に日が差しました。しーちゃんが枝に降りると、ベンチにはまだ、小さな水滴が残っています。
いつもの時間になっても、水色のブラウスは見えません。しーちゃんは枝から降り、ベンチの端を見上げました。
落ち葉が一枚、風に押されて足もとを通ります。花壇には水やりの人が来て、門の向こうでは自転車が静かに通り過ぎました。
しーちゃんはしばらく待ってから、背もたれに飛び乗りました。公園の門、その先の見慣れた曲がり角を、じっと見つめています。

BEYOND THE PARK GATE
第4部|門の向こうへ
門のそばの低い塀へ、しーちゃんはひと飛びしました。雨に洗われた住宅街は明るく、軒先の植木鉢から、ぽたりと雫が落ちています。
ここは、おばあさんが歩いていく道。しーちゃんは塀の上から辺りを見て、次の屋根へ、またその先の枝へと移りました。
玄関を掃く人が手を止めて、白い姿を見上げます。しーちゃんは軽く首を動かし、陽の当たる道の先を確かめました。
やがて、曲がり角に花の色が見えてきます。店先に鉢が並ぶ、いつもの花屋さんでした。小さな鈴の音が、開いた扉から聞こえました。

AT THE FLOWER SHOP
第5部|花屋さんの店先
花屋さんの前には、雨粒の光る花が並んでいました。しーちゃんは店先の植え込みの縁へ降り、鉢の向こうをのぞきます。
おばあさんは、ここでよく足を止めていました。花を指さし、店の人とうなずき合う横顔を、しーちゃんは何度も見ています。
「白いお客さんが来たね」
店の人が少し離れた場所で笑いました。しーちゃんは首をかしげましたが、水色のブラウスは見つかりません。
買い物帰りの人が通れるよう、しーちゃんは低い屋根へ移ります。そこから見える商店街へ、白い翼をふわりと広げました。

THE SHOPPING STREET
第6部|商店街の朝
商店街では、お店の戸が次々に開いていました。八百屋さんが箱を並べ、パン屋さんの扉から、焼きたての香りが流れてきます。
しーちゃんは通りを見渡せる屋根に止まりました。傘を畳む人、挨拶を交わす人。その中に、覚えている足どりを探します。
水色が見えて、首を伸ばすと、それは店先で揺れる布でした。しーちゃんはもう一度、通りの端までゆっくり目を動かしました。
遠くの空に、薄い雲が重なっています。ぽつりと雨が落ちてきたので、しーちゃんは商店街の出口にある、深い軒の下へ飛びました。

A SHELTER FROM THE RAIN
第7部|軒先のひと休み
軒の下へ入ると、しーちゃんの羽を打つ雨がやみました。雨は道に小さな丸をつくり、通りの人たちは傘を広げて歩いていきます。
しーちゃんは羽をふくらませ、足を休めました。誰かを見つけたい朝にも、雨が過ぎるまで動かない時間がありました。
隣の店から出てきた人が、入口の鉢を少し奥へ寄せます。しーちゃんの止まる場所には近づかず、また静かに店へ戻りました。
しばらくすると、屋根を打つ音がやみました。雲の切れ間が明るくなり、しーちゃんは体を伸ばして、川の方へ飛び立ちました。

ALONG THE RIVER
第8部|川沿いの道
川沿いの遊歩道には、雨上がりの風が通っていました。水面がきらりと光り、岸の草は、流れとは反対の方へそよいでいます。
しーちゃんは道の脇の手すりに降りました。おばあさんが立ち止まって、川を眺めていた場所です。今日は小さな犬を連れた人が通りました。
少し先で、散歩中のふたりが道を曲がります。その先には、低い柵で囲まれた花壇がありました。いつもとは違う、明るい花の色が見えます。
しーちゃんは手すりを離れ、花壇のそばの木へ移りました。枝の間から、花を眺める人たちの姿が見えてきました。

A PATH FULL OF FLOWERS
第9部|花の咲く寄り道
川から一本入った道に、地域の人が育てている花壇がありました。白や黄色の花が咲き、雨粒を残した葉の間を、風が通り抜けていきます。
しーちゃんは枝の上で、片足を少し動かしました。花壇の向こうに、水色のブラウスが見えます。丸く腰をかがめ、花を眺めている人がいました。
その人は、隣に立つ人の話を聞きながら、ゆっくりとうなずきました。それから顔を上げて、目の前の白い花を指さします。
しーちゃんの首が、すっと伸びました。何度もベンチから見ていた、あの横顔です。枝を蹴って、低い柵へ降りていきました。

A FAMILIAR FACE
第10部|見つけた横顔
白い羽の動きに気づいて、おばあさんが振り向きました。
「あら、しーちゃん。ここまで来たの」
目を細める顔は、いつもの朝と同じでした。
しーちゃんは花壇の縁で首をかしげ、足を二歩動かしました。おばあさんはそっと腰をかがめ、少し間を空けて笑います。
「雨の日は、おうちでのんびりしていたの。今日は、ここの花が咲いたと聞いて、先に寄ってみたのよ」
おばあさんは花をそっと見渡しました。
いつものベンチにいなかった朝にも、おばあさんの一日がありました。しーちゃんは羽を整え、同じ花の方を向きました。

HEADING BACK TOGETHER
第11部|同じ方へ帰ろう
「公園にも寄っていこうか」
おばあさんは花壇にいた人に手を振り、来た道へ足を向けました。しーちゃんも、近くの手すりへ飛び移ります。
川沿いでは、おばあさんが水面を眺めるあいだ、しーちゃんも止まりました。歩き出せば、少し先の枝へ。近づいたり離れたりしながら進みます。
商店街を抜けるころには、雲の向こうから日が差していました。花屋さんの前で、おばあさんはいつものように会釈をしました。
やがて公園の門が見えました。しーちゃんはひと足先に飛んで、朝から空いていたベンチの背もたれに、そっと降りました。

BACK AT THE BENCH
第12部|また、いつものベンチで
おばあさんは乾いたベンチに腰を下ろし、ほっと肩をゆるめました。
「少し長いお散歩になったね」
しーちゃんは隣で、白い羽をゆっくり整えます。
公園の花壇には、朝と同じ花が咲いていました。けれど今日は、川沿いの花も、雨の音も、帰り道の光も、ふたりの時間に加わっていました。
毎日、同じ時刻に会えるとは限りません。それでも顔を見ればうれしくて、隣にいるあいだは、同じ風を感じていられます。
おばあさんが立ち上がると、しーちゃんも枝へ移りました。
「またね」
小さな声のあと、いつものベンチに、やわらかな日差しが残りました。