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The Seed We Return to the Wind|風へ返す、いのちの種

カピちゃんと鳩のしーちゃんが、一粒の種を待ち、守り、見送り、次の風へ手渡す七部構成の感動物語。命を長さや成果で測らず、今ここにある一瞬の尊さを静かに描きます。

THE SEED WE RETURN TO THE WIND / KAPI & SHII'S STORY

ある朝、カピちゃんは、ひび割れた土の中から小さな種を見つけました。
鳩のしーちゃんは、その小ささを笑わず、そっと羽で風をよけました。

芽が出る日も、出ない日も。花が咲く日も、散る日も。
ふたりが見つめたのは、「長くあること」ではなく、今ここにある命のぬくもりでした。

見つける待つ見送る手渡す
雨上がりの庭で小さな種を見つめ、風から守るカピちゃんと白い鳩のしーちゃん
まだ見えない命の時間を、ふたりで静かに待ち始める朝
雨上がりの石畳で泥にまみれた一粒の種を見つけるカピちゃんと、羽で風を遮るしーちゃん

ONE SEED IN THE CRACK

第一部|ひびの中の、ひと粒

春の終わり
雨上がりの石の隙間に
小さな種がありました
泥にまみれ
どこから来たのかも分からず
耳を近づけても 何の音もしません
「もう、生きていないのかな」 カピちゃんがつぶやくと
しーちゃんは種のそばへ降り
冷たい風を羽で遮りました
「まだ、見えないだけかもしれないよ」 ふたりは種を柔らかな土へ移し
ほんの少し水をあげました
何も起きない地面の前で
長いあいだ 一緒に座りました

見えない命にも
待ってくれる誰かの時間は
きっと、届いている。

土から顔を出した小さな芽へ、葉の器とくちばしから一滴ずつ水を届けるカピちゃんとしーちゃん

WAITING IS LIVING TOGETHER

第二部|待つことも、いっしょに生きること

次の日も その次の日も
土は静かなままでした
カピちゃんは毎朝水を運び
しーちゃんは葉の先の露を
一滴ずつ落としました
道端の草は伸び
庭の花は次々と開いていきます
「みんなは、もう
あんなに育っているのに」
しーちゃんは首を横に振りました 「空を飛ぶ日も
羽を休める日も
わたしには どちらも大切だよ
この種にも、この種の朝があるんだと思う」
比べるのをやめた朝
土の割れ目から
針の先ほどの緑が顔を出しました

早さが違っても
その命にしかない朝を
急がせなくていい。

夏の嵐の夜、幼い芽の風上に立つカピちゃんと、翼を広げて葉を守るしーちゃん

HANDS AND WINGS IN THE STORM

第三部|嵐の夜、守る手と羽

夏の夜
大きな嵐が町を包みました
雨は地面を叩き
風は幼い芽を何度も傾けます
カピちゃんは芽の風上に体を寄せ
しーちゃんは小さな葉を羽で覆いました
ふたりとも泥だらけになり
冷たい雨に震えました
それでも どちらも
「もう帰ろう」とは言いませんでした
夜明けに風がやむと
芽は深く折れ曲がりながらも
まだ土につながっていました
安心したカピちゃんの足から力が抜けると
今度は しーちゃんが肩へ身を寄せました
守っていたつもりの命に
ふたりもまた 支えられていたのです

守るものと、守られるものは
同じ朝の光を受けながら
たがいに生きる力を渡している。

朝露を宿した一輪の白い花を、静かな喜びで見つめるカピちゃんとしーちゃん

THE FLOWER THAT BLOOMED FOR ONE DAY

第四部|たった一日だけの花

季節が少し傾いた朝
芽の先に白い花が開きました
大きくも 華やかでもありません
それでも花びらの奥には朝露が光り
ふたりの顔を小さく映していました
カピちゃんとしーちゃんは
うれしくて 何度も花の周りを歩きました
けれど夕暮れになると
花びらは一枚ずつ土へ落ち
翌朝には細い茎だけが残りました
「もっと、咲いていてほしかったな」 カピちゃんの声は震えました
しーちゃんも すぐには答えられませんでした
やがて落ちた花びらの隣で
「わたしも。でも
この花が咲いた一日まで
短くなったわけじゃないよ」と言いました

短く咲いた命にも
誰にも消せない
一日ぶんの光がある。

花びらの落ちた茎のそばで、開いた掌に残された種を見つめるカピちゃんと、静かに寄り添うしーちゃん

DO NOT RUSH THE SADNESS

第五部|悲しみを急いでしまわない

花のない庭は
前より広く 静かに見えました
カピちゃんは何日も
茎のそばへ行けませんでした
しーちゃんも「元気を出して」とは言わず
少し離れた石の上で
ただ一緒に朝を待ちました
泣かないことが強さなのではなく
忘れることが
前へ進むことでもありません
大切だったから寂しい
その寂しさもまた
花が確かにここにいた証しでした
ある風の強い日
乾いた茎の先から かすかな音がしました
小さな実に触れると
カピちゃんの掌へ
いくつもの種がこぼれました

悲しみの奥には
忘れるためではない
小さな明日が眠っていた。

秋の古いベンチのそばで、布に包んだ種を土へ一粒ずつ預けるカピちゃんとしーちゃん

THE SMALL TOMORROW THE FLOWER LEFT

第六部|花が残した、小さな明日

ふたりは種を
「代わりの花」とは呼びませんでした
あの花は あの一輪だけ
新しく咲く命もまた
誰かの代わりではありません
カピちゃんは種を柔らかな布へ包み
しーちゃんは町の風を確かめました
朝日の届く窓辺
誰かが休む古いベンチのそば
雨音のよく聞こえる道の角へ
一粒ずつ 種を預けていきました
芽が出た場所もあれば
何も起きない場所もありました
それでも土を掘り返しませんでした
見えない時間も
その命だけの時間だからです
ふたりの足あとを
秋の風が優しく包みました

新しい命は
失った誰かの代わりではなく
その命として、ここに来る。

冬から春へ向かう朝、最後の種を風へ放つしーちゃんを見上げるカピちゃんと、その足元の小さな芽

THE MORNING WE RETURNED IT TO THE WIND

第七部|風へ返す朝

冬を越えた朝
ふたりの手元には
最後の一粒が残っていました
しーちゃんは種をくちばしにくわえ
高い空へ舞い上がりました
地上ではカピちゃんが
小さくなる友だちを見上げています
いつか ふたりも
この庭を歩けなくなる日が来ます
けれど今日
同じ風を感じ
互いの名を呼び
ひとつの命を大切に思ったことは
なくなりません
しーちゃんがくちばしを開くと
種は朝日にきらめきながら
風へ運ばれていきました
「いってらっしゃい」 カピちゃんの足元では
春を待っていた別の芽が
静かに土を持ち上げていました

命は同じ姿のままではなくても
受け取ったぬくもりを手渡しながら
世界のどこかで光り続ける。