現代社会の社会課題の解決を、
社会臨床学の観点から考える
はじめに
現代社会の社会課題は、単一の原因や単一の制度設計のみで整序し難いものです。孤立、貧困、ヤングケアラー、介護負担、虐待、依存、メンタルヘルス不調、災害と生活再建、就労困難、地域コミュニティの希薄化などは、本人の生活史、家族関係、地域環境、行政制度、労働市場、文化規範といった複数層の相互作用の中で立ち上がります。
社会臨床学※1は、この複雑さを「現場における臨床」として扱い、社会・文化の中の臨床という営みを点検し、そのあり方を模索する学知として位置づきます。日本社会臨床学会は、人間の悩みや想いと、その背後にある社会の矛盾や問題を、領域や立場を越えて共に考える場を志向してきました。
本稿は、この立場から「社会課題の解決」を再定義し、現場で実装可能な考え方として整理するものです。
※1 社会臨床学:精神科医の小沢勲らが提唱した、医療・福祉などの「支援」の現場を、制度や社会構造との関わりの中で点検し、そのあり方を問い直す学問・実践のこと。
1. 社会臨床学が扱う「解決」とは何か
社会課題の「解決」は、しばしば次のように誤配(ごはい:間違った場所へ届けられること)されます。
- 個人の心身・性格へ過度に還元※2する誤配
- 制度手続のみへ収束※3させる誤配
- 短期の成果指標だけを唯一の正解とみなす誤配
- 専門分化の境界で問題を分断する誤配
これらは、現場の当事者にとっての生活上の不具合(暮らしが回らない、関係が切れる、選択肢が消える)を、別の言語へ置換してしまう危険を含みます。
社会臨床学の解決は、課題を「誰かの欠陥」として断罪することでも、「制度の不足」として一義化することでもありません。生活の現場で生じる困難を、関係性・環境・制度運用・文化規範の交点で捉え直し、当事者にとって運用可能な形へ再構成する営みです。
※2 還元(かんげん):複雑な事柄を、より単純な要素(個人の性格や病気など)だけに帰結させて説明しようとすること。
※3 収束(しゅうそく):様々な問題や意見が、ある一点(ここでは制度の手続き)にまとまっていくこと。
2. 「臨床」を生活世界に拡張する
社会臨床学の基礎には、臨床を医療施設内に限定せず、生活世界※4の中へ拡張する視点があります。日本社会臨床学会の目的規定は、臨床を社会・文化の中で点検するという射程を明確に置いています。
この拡張は、単なる対象範囲の拡大ではありません。臨床とは、困難が顕在化する「場」であり、支援が届く「経路」であり、説明と合意が形成される「言語空間」でもあります。ゆえに、社会課題の解決は、制度の設計図よりも先に、現場でどのような臨床が成立しているかの記述から始まります。
※4 生活世界:私たちが日常生活を営み、経験している、当たり前の現実世界のこと。
3. 「問題の定義」から共同実践を始める
社会課題は、誰が何を問題と呼ぶかによって、その後の介入の形が決まります。ここで重要となるのは、専門家の定義が一方的に貫かれる形でも、当事者の語りのみで閉じる形でもなく、相互の対話を通じて問題定義が更新される構造です。
臨床社会学・社会運動論の議論では、工学的モデル/臨床的モデルに対して、現場の人びとと研究者(専門職)との相互的な対話から新たな問題定義が創発※5する「対話的モデル」が論じられています。
社会臨床学の観点では、問題定義の共同生成それ自体が介入です。たとえば「閉じこもり」を、本人の意欲低下として定義するのか、地域の接点が途切れた結果として定義するのか、家族内役割の固定として定義するのかで、支援の入口は変わります。入口が変われば、連携する職種と資源が変わり、本人・家族の納得可能性も変わります。
※5 創発(そうはつ):部分の性質の単純な総和にとどまらない特性が、全体として現れること。ここでは、対話の中から予期せぬ新しい定義が生まれることを指します。
4. 介入は「意図せざる結果」を含むことを前提とする
社会課題への介入は、善意と努力だけで完結しません。支援は、当事者の生活に働きかける一方で、関係性の再編や資源配分の変化を伴い、思わぬ副作用を生み得ます。援助行為が意図せざる結果※6を伴う可能性を含め、臨床場面の危うさや関与の仕方が論点となります。
社会臨床学の実践では、成功の物語だけでなく、副作用の兆候(関係の緊張、自己効力感※7の低下、依存の固定、排除の強化)を点検可能な形で記述し、介入を小さく試し、調整し、継続的に更新する態度が中核となります。
※6 意図せざる結果:ある目的のために行った行為が、当初の意図とは異なる結果(良いものも悪いものも含む)をもたらすこと。
※7 自己効力感:ある状況において必要な行動を、自分ならうまく遂行できるという自信や確信のこと。
5. 「社会課題」を三層で扱う:生活・関係・制度
社会臨床学の実装においては、社会課題を少なくとも三層で扱うと整理しやすくなります。
- 第一層:生活の運用
睡眠、食事、金銭管理、受診、移動、家事、就労、学業など、日々の繰り返しが回るかどうかが焦点。
- 第二層:関係性
家族内役割、ケアの分担、支援者との距離、地域との接点、職場・学校での位置づけが焦点。
- 第三層:制度と資源
利用可能な制度、手続の摩擦、サービス供給の偏在、情報の非対称※8、スティグマ※9、規範の圧力が焦点。
解決とは、この三層のどこか一つを単独で改変することではなく、層をまたいで整合する「運用形」を作ることです。たとえば、制度が存在しても手続が重くアクセス不能であれば、生活は回らない。関係が断たれていれば、制度利用があっても孤立は深まる。生活の運用が破綻していれば、関係再建も制度利用も継続しにくいのです。
※8 情報の非対称:専門家と利用者など、両者の持っている情報量や質に格差がある状態のこと。
※9 スティグマ:特定の属性を持つ人に対する、社会的な偏見や差別、負の烙印のこと。
6. 現代の主要な社会課題を、社会臨床学的に読み替える
6-1. 孤立・孤独
孤立は、交流の量だけで測定し難いものです。社会臨床学では、当事者が「頼れる経路」を持つか、役割や所属が生活の中で成立しているか、緊急時に連絡が届く構造があるかを扱います。解決は「友人を作る」ではなく、「接点が自然に生まれる運用」を設計することへ向かいます。地域の拠点、買い物、通院、就労、介護サービス等の動線に、無理のない接触点を埋め込むことが技術となります。
6-2. 貧困・生活困窮
生活困窮は所得だけの問題ではありません。住まい、債務、医療アクセス、養育・介護負担、就労の持続可能性、制度情報の取得可能性が連動します。社会臨床学の観点では、当事者の「選択肢が減る過程」を記述し、どの時点で何が途切れたかを点検します。解決は、給付や就労支援の単発投入ではなく、生活の運用が回るまでの連続した支援線を設計することにあります。
6-3. 介護・ケア負担(家族介護、ヤングケアラーを含む)
ケア負担は、本人の障害・疾病の重さだけで決まりません。家族内の役割固定、相談の遅れ、サービス導入への抵抗、周囲の規範(家族がみるべきという圧力)などが負担を増幅します。社会臨床学の観点では、ケアが誰の手にどのように集約していくかという「負担の流れ」を記述し、役割の再配分と外部資源の導入を「関係性の再設計」として扱います。
ここで重要なのは、当事者の尊厳と合意を損なわない言語化であり、支援が家族内の力学を硬直化させない運用です。
※10 ヤングケアラー:本来は大人が担うような家事や家族の世話などを日常的に行っている子どものこと。
7. 解決の技術としての「言語化」と「翻訳」
社会課題の現場では、医療・福祉・教育・司法・雇用・地域が、それぞれ異なる言語と評価基準で動きます。社会臨床学は、どれか一つの専門言語に統一することよりも、相互に翻訳し、当事者の生活言語へ接続する作業を重視します。
この翻訳の二つの方向
一つは、専門職間の翻訳です。診断名・所見・制度用語・支援計画を、他領域が運用できる形へ落とします。
もう一つは、当事者への翻訳です。支援の目的と手段を、当事者が自ら語れる形へ整えます。
社会臨床学の立場から見ると、この翻訳の精度が、支援の継続性を左右します。翻訳が粗いと、支援は「理解されない手続」になり、関係は途切れやすくなります。
8. 「評価」を、成果指標のみに閉じない
社会課題の領域では、数値指標が重要である一方で、数値に還元し難い成果も同時に扱う必要があります。たとえば、本人が安心して相談できる窓口が成立したか、支援へのアクセス経路が増えたか、関係性が破綻しない形で役割再配分が起きたか、意思決定が本人中心で進んだか、といった臨床的成果です。
社会臨床学の評価は、成果の量だけでなく、支援の過程が当事者の尊厳・合意・生活運用を損なわない形で組まれているかという点検を含みます。
9. 実践者にとっての要点:点検と共同性
日本社会臨床学会は、社会・文化の中の臨床を点検し、領域や立場を越えて共に考える場を志向してきました。
この立場から導かれる実践者の要点は、単純です。すなわち、現場の語りと運用を丁寧に記述し、問題定義を共同で作り、介入の副作用を含めて点検し続けることです。臨床社会学の議論が扱う対話的モデルは、現場の人びとと専門職が相互的に問題定義を更新する枠組みとして参照できます。
また、介入が意図せざる結果を伴い得るという論点は、支援を「正しさ」ではなく「運用可能性と安全性」の問題として扱うための基盤となります。
おわりに
社会臨床学の観点からの社会課題解決とは、社会の矛盾を告発する言説※11に留まらず、当事者の生活世界の中で、関係性と環境と制度運用を組み替え、日々の運用が回る形を作る営みです。そこでは、問題定義の共同生成、言語の翻訳、介入の副作用の点検、三層(生活・関係・制度)をまたぐ設計が中心となります。
社会課題に向き合うとき、最終的な到達点は「完全な解消」ではなく、当事者が選択肢を持ち続け、困難が増幅しない運用を獲得することです。社会臨床学は、そのための点検の技術と共同実践の枠組みを提供します。
※11 言説(げんせつ):特定の問題について語られた言葉や意見の集まりのこと。ここでは「批判する言葉を発するだけ」という意味合い。