貞子 vs ベテラン理学療法士
リハビリ室のテレビモニターから、ゆっくりと這い出してくる黒い影。長い髪、白い服、そして不気味な動きで床を這いずる貞子に、若手職員は悲鳴を上げそうになりました。
しかし、ベテランの理学療法士(PT)は、冷静に彼女のフォームを観察し、腕組みをしてこう言いました。
下肢の使い方が非効率ですね」
「その這い方だと腰を痛めますよ。もっと骨盤を使って」と指導が始まり、恐怖の呪いはいつの間にか「マット運動の指導」に変わっていました。
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恐怖の呪いも、ベテラン職員には通用しない?
医療・介護の現場は、ある意味で「非日常」が「日常」の世界。
もしも、あの「貞子」が忙しい現場に現れたら……?
職業病全開のスタッフたちによる、全40話の物語。
リハビリ室のテレビモニターから、ゆっくりと這い出してくる黒い影。長い髪、白い服、そして不気味な動きで床を這いずる貞子に、若手職員は悲鳴を上げそうになりました。
しかし、ベテランの理学療法士(PT)は、冷静に彼女のフォームを観察し、腕組みをしてこう言いました。
「その這い方だと腰を痛めますよ。もっと骨盤を使って」と指導が始まり、恐怖の呪いはいつの間にか「マット運動の指導」に変わっていました。
夜勤の巡回中、廊下の隅にジメジメと濡れた女性が立っていました。井戸から出てきたばかりの貞子です。水滴がポタポタと床に落ちています。
それを見た感染管理担当の看護師は、幽霊であることよりも先に、あることが気になって仕方ありませんでした。彼女は貞子に近づき、毅然とした態度で指摘しました。
「すぐに拭いて! ドライヤーで乾かして!」とタオルを渡され、貞子は小さくなりながら髪を乾かされていました。感染対策に例外はありません。
居室のテレビから、貞子が上半身を乗り出したその時です。ベッドで休んでいたトメさん(95歳)が目を覚ましました。
普通なら絶叫する場面ですが、トメさんはテレビから出ようとして苦戦している貞子を見て、孫を心配するように優しく声をかけました。
「テレビが壊れるわよ」「お茶でも飲む?」というトメさんの圧倒的な包容力(と天然ボケ)の前に、呪いのビデオの効力は完全に無効化されました。
その夜は超多忙な「荒れた夜勤」でした。ナースコールが鳴り止まず、走り回る看護師たち。ふとナースステーションを見ると、長い髪の女が立っています。
「呪うぞ……」という怨念のオーラを出していましたが、殺気立った夜勤リーダーは、貞子を「新人派遣さん」と勘違いし、書類の束を渡して叫びました。
あまりの剣幕に押され、貞子は言われるがままに手袋とエプロンを装着。その夜、彼女の超能力(念動力)は、業務効率化に大いに貢献したそうです。
「ビデオを見ると1週間後に死ぬ」という呪いをかけるため、貞子はある特養(特別養護老人ホーム)にやってきました。
しかし、彼女は重大な問題に直面しました。施設の共有スペースにあるのは、大型の薄型液晶テレビのみ。彼女の媒体である「ビデオデッキ(VHS)」が、どこにもないのです。
呆然と立ち尽くす貞子に、通りかかった介護職員が「Youtubeならタブレットで見られますよ?」と親切に声をかけました。アナログ世代の幽霊にとって、デジタル化の波はあまりにも過酷でした。
浴室の湯船からザバァッと現れた貞子。黒く長い髪は濡れそぼり、顔にへばりついています。恐怖の演出としては完璧でした。
しかし、入浴担当の職員の目には「不潔」の二文字しか映りませんでした。職員は腕まくりをして、プロの顔つきで宣言しました。
抵抗する間もなくシャワーチェアに座らされ、泡立ちの良いシャンプーでゴシゴシ洗われ、最後はドライヤーでサラサラに。「あら、美人さんじゃない」と褒められ、貞子は少し照れくさそうに井戸へ帰っていきました。
深夜、貞子は徘徊する患者のように廊下を静かに歩いていました。誰かの背後に忍び寄ろうとしたその時です。
『ピロリロリン! ピロリロリン!』
床に敷いてあったセンサーマットを踏んでしまい、静寂を切り裂く電子音が鳴り響きました。慌てて別の部屋へ逃げ込もうとしましたが、今度は赤外線センサーが反応。
駆けつけた夜勤者に「転倒したら危ないから、ナースコール押してね」と優しく諭され、忍び寄るどころではありませんでした。
呪いのビデオを見た医師の前に現れた貞子は、お決まりのセリフを告げました。
医師は顔色一つ変えず、手元のカレンダーと電子カルテを確認してため息をつきました。
「えっ、でも規定が……」と戸惑う貞子に、「こちらの都合も考えてよ」と説教が始まり、結局呪いの期限は「退院カンファレンスが終わり次第」に延期されました。
夜勤中の看護師の腕を、背後からガシッと掴んだ貞子。その手は氷のように冷たく、死の恐怖を与えるはずでした。
しかし、看護師は悲鳴を上げる代わりに、その手をギュッと握り返して心配そうに言いました。
「血圧も低いんじゃない? 脱水?」とバイタル測定セットを取り出され、呪い殺すつもりが、手厚い看護ケアを受けることになってしまいました。
貞子は、恐怖で相手を震え上がらせるため、喉の奥から「カッカッカッ……」という独特の不気味な音を出して近づきました。
すると、言語聴覚士(ST)がすっ飛んできて、貞子の背中をさすりながら言いました。
「次からはトロミつけましょうね」「嚥下体操してから出てきましょう」と指導され、呪いの音は「嚥下機能低下のサイン」として処理されました。
食堂に現れた貞子は、その細すぎる手足で皆を恐怖させようとしました。しかし、それを見た管理栄養士は、恐怖よりも専門的な懸念を抱きました。
「井戸の水しか飲んでないの? 補助食品つけますね」と、高カロリーゼリーとプロテイン飲料を処方され、貞子は健康的に太るための栄養指導を受けることになりました。
貞子の住処である「井戸」を訪問したケアマネジャー。湿気と暗さ、そして深い縦穴を見て、眉をひそめました。
「介護保険で手すりを付けましょう。あと、段差解消機も検討しますか?」と真剣に提案され、呪いの井戸は「高齢者に優しい住環境」へとリフォームされそうになりました。
「呪いで殺してやる……」と呟く貞子に、薬剤師が服薬指導に入りました。
「副作用が出たらすぐに連絡してくださいね。お薬手帳は持っていますか?」と質問攻めにされ、貞子はコンプライアンス(服薬遵守)の重要性を叩き込まれました。
深夜3時、休憩室でカップ麺にお湯を入れた瞬間に、貞子が現れました。呪いのチャンスです。しかし、夜勤者は疲れ切った目で貞子を見て、無言で新しいカップ麺を差し出しました。
その言葉の重みに、貞子は無言で箸を割り、二人で静かに麺をすすりました。夜勤の休憩室には、幽霊も入り込めない独特の連帯感があります。
テレビから這い出る際、肩をありえない角度に曲げて出てきた貞子。それを見た整形外科医は、恐怖するどころか目を輝かせました。
「ちょっとレントゲン撮らせて! 学会で発表させて!」と追い回され、貞子は自身の身体構造が医学的に貴重であることを知らされました。
長い髪の隙間から、不気味な歯をむき出しにして威嚇する貞子。しかし、歯科衛生士はプロの目で見逃しませんでした。
「口開けて! プラーク染め出ししますよ!」と歯ブラシを突っ込まれ、呪いの言葉を吐く前に、徹底的なオーラルケアを受ける羽目になりました。
ホールの真ん中に現れた貞子。奇妙な動きで人々を恐れさせようとクネクネ動いていましたが、それを見たレク担当職員がマイクで叫びました。
「イチ、ニ、サン、シ!」という掛け声と共に、利用者さんたちが貞子の呪いのポーズを一斉に真似し始め、いつの間にか大盛り上がりの健康体操になっていました。
「お前を見ているぞ……」と、ナースステーションのカルテ棚の隙間から覗き込む貞子。それに気づいた事務長が激怒しました。
「部外者は立ち入り禁止です! 誓約書書いて!」とコンプライアンスの盾で追い出され、現代社会では幽霊も情報の取り扱いに注意が必要なことを学びました。
テレビから出てきた貞子を見て、Z世代の新人職員がスマホを取り出しました。恐怖で通報するかと思いきや、キラキラした目でこう言いました。
ピースサインを求められ、戸惑っている間に動画を撮られ、拡散され、貞子はその日のうちに「バズる」という現代の呪いにかかってしまいました。
朝の8時55分。日勤への申し送り直前の、一番忙しい時間に貞子が現れました。「呪ってやる……」と呻く貞子に、夜勤明けの看護師たちは冷たい視線を送りました。
「はい、102号室に貞子さん出現、バイタル安定、処置なし、経過観察で」と淡々と事務的に処理され、貞子は誰にも相手にされないまま、日勤帯の業務の波に飲み込まれていきました。
病院の検査着に着替えさせられた貞子。バリウム検査の台の上で、「右に回ってー、はい止まってー」と指示されました。
呪いの唸り声を上げようとすると「あ、ゲップ出ちゃった? はい、もう一回発泡剤飲んでね」と無慈悲な宣告。呪いよりも白い粉を飲む方が地獄でした。
井戸の前まで訪問入浴車がやってきました。スタッフ3人が手際よく浴槽を組み立てます。
井戸の冷たい水に慣れきった体には、40度のお湯は熱すぎました。「熱い……溶ける……」と悶える貞子に、「血行良くなってますよ!」と笑顔で返すスタッフたち。プロの仕事に幽霊もタジタジです。
前髪が邪魔で見えにくそうにしている貞子に、視能訓練士が遮眼子(目を隠す黒いスプーンみたいなやつ)を渡しました。
「……呪」と答えようとする貞子に、「上か下か右か左で答えてください」と冷静なツッコミ。視力は両眼とも0.01以下、要眼鏡と診断されました。
移動手段が「這う」か「瞬間移動」しかない貞子。通院のために介護タクシーを呼びました。
後部座席でガチガチに固定され、呪いのビデオを持って乗車。「安全運転でお願いします……」と小さく呟く貞子でした。
井戸の壁を爪で引っ掻きすぎて、爪がボロボロになっていた貞子。皮膚科医は一目見て診断しました。
「肝機能の検査もするから採血ね」と、呪いの爪はただの感染症として治療対象になりました。
這いずり回る貞子を捕まえた介護福祉士。「貞子さん、ちょっと失礼しますねー」と手際よくオムツを確認。
陰部洗浄ボトルのお湯加減が絶妙で、貞子は思わず「あぁ……」と声を漏らしてしまいました。プロの技は怨念をも浄化します。
「私は誰にも愛されない……」と落ち込む貞子に、PSWが優しく声をかけました。
「同じ悩みを持つ仲間がいますよ」とパンフレットを渡され、貞子は「井戸端会議の会」への参加を検討し始めました。
肩こりが酷い貞子。鍼灸院で施術を受けることになりました。
「そこ……呪いのツボ……」と意味不明なことを言う貞子に、「はい、血行不良ですねー」と冷静に対応。施術後、肩が軽くなりすぎて這うスピードが倍になりました。
呪いの言葉しか発しない貞子に、STがリハビリを開始しました。
「呪……」と言おうとすると「違う! パ! 唇を弾いて!」と指導され、いつの間にか滑舌が良くなり、呪いの言葉が聞き取りやすくなりました。
地域交流の場「認知症カフェ」に迷い込んだ貞子。ボランティアのおばあちゃんたちに囲まれました。
恐怖の対象ではなく、ただの「ちょっと変わったお客さん」として接してくれる温かさに、貞子は久しぶりに人間の優しさに触れました。
足を引きずって歩く貞子を見た義肢装具士。「その歩き方だと外反母趾になりますよ」
足型を取り、オーダーメイドの中敷きを作成。靴を履いて歩いてみると、「何これ……飛べる……」と貞子は感動していました。
井戸の前に「高額な布団を売りつける業者」が現れました。貞子が出てきて呪い殺そうとしましたが、業者は動じません。
逆に営業トークで丸め込まれそうになり、クーリングオフ制度について消費生活センターに電話する貞子の姿がありました。
「呪いが……聞こえぬ……」と嘆く貞子。聴力検査の結果、高音域が聞こえにくくなっていました。
装着した瞬間、風の音や鳥の声、そして人々の悲鳴がクリアに聞こえ、貞子はニッコリと微笑みました。
グループホームに入居した貞子。今日は調理当番の日です。包丁を持って不気味に立っていましたが、スタッフが声をかけます。
言われるがままに野菜を切り、炒め、ルーを溶かす。出来上がったカレーをみんなで食べ、「美味しいね」と言われた時、貞子の心に温かいものが込み上げました。
役所の窓口に来た貞子。「顔写真が必要です」と言われ、証明写真機に入りました。
しかし、前髪で顔が隠れていてエラー連発。「目が見えるようにしてください!」と機械に怒られ、仕方なく前髪をピンで留めました。
出来上がった写真は、意外とつぶらな瞳の普通の女性でした。
施設でパンデミック発生時のシミュレーション訓練が行われました。貞子も「感染者役」として参加。
バイオハザードマークの貼られた部屋に隔離され、誰とも会えない孤独に、「これが本当の呪いか……」と実感しました。
腰痛持ちの貞子に、装着型サイボーグHALを試着させました。
微弱な生体電位信号を読み取り、スイスイと歩けるようになった貞子。「これでどこまでも追いかけられる……」と喜んでいましたが、バッテリー切れで止まりました。
終活セミナーに参加した貞子。「残される人へのメッセージを書きましょう」と言われ、筆を取りました。
最初は「呪う」と書いていましたが、次第に「井戸の管理をお願いします」「ビデオテープは燃えるゴミに出さないで」など、具体的な事務連絡になっていきました。
新入職員の研修で、貞子は「気難しい患者役」を演じることになりました。
迫真の演技に新人はタジタジ。終了後、指導係から「貞子さん、演技上手すぎです! おかげでいい研修になりました」と感謝され、まんざらでもない様子でした。
長く入所していたトメさんが、天寿を全うして旅立ちました。貞子は枕元に立ち、静かに手を合わせました。
その姿は、呪いの怨霊ではなく、魂を安らかに送る導き手のようでした。医療・介護の現場では、死は恐怖ではなく、生の完結として尊ばれるのです。