CARE MANAGEMENT IN UNCERTAINTY
本人、家族、専門職の「正しさ」がぶつかったとき、誰かを説得する前にできることがあります。
問題を急いで解くのではなく、問題の見え方をいったん読み直す。
このページは、難しいケースの答えを示すものではなく、次の一歩を一緒に探すための実践ノートです。
[5分で使える「支援の再読シート」へ]
[最初から読む]
このページが役立つ場面
- 本人がサービス利用を望まず、安全面の心配が大きい
- 本人と家族の希望が食い違い、どちらを優先しても関係が悪化する
- 多職種の見解が分かれ、担当者会議が結論の押し合いになる
- 「拒否」「困難」「問題行動」という記録に違和感がある
- 必要な支援を提案しているのに、本人との距離が広がっていく
- ケアマネジャー自身が、焦り、怒り、無力感、怖さを抱えている
- 緊急性はあるが、本人の自由やこれまでの暮らしも守りたい
このページでは、個別ケースの診断や法的判断は行いません。生命・身体への切迫した危険、虐待が疑われる状況、重大な医療上の危険などがある場合は、所属先の手順、行政・地域包括支援センター・医療機関・警察や消防等との連携を優先してください。
はじめに 支援が止まるのは、支援者の力が足りないからとは限らない
ケアマネジャーの仕事には、正解が一つに決まらない場面が多い。転倒の危険があっても自宅で暮らしたい人がいる。服薬が安定しなくても、他人に生活を管理されたくない人がいる。介護を続けたい家族と、もう限界だと感じる家族が同じ家にいる。医療職は治療の継続を求め、介護職は日常生活の負担を伝え、本人は「今まで通りでいい」と話す。
それぞれの発言には、それぞれの理由がある。安全を守りたい。本人らしさを守りたい。事故を防ぎたい。家族の生活を守りたい。専門職として説明責任を果たしたい。限られた制度と人員の中で、継続可能な支援にしたい。対立が生じた段階で、誰か一人を原因と決めつけない。ただし、虐待、威圧、誤情報、利益相反など是正すべき行為があれば、関係者間の違いとして曖昧にせず対応する。
こうしたとき、私たちは原因を探す。「本人の病識がない」「家族が現状を理解していない」「サービス事業所の対応力が足りない」「医療と介護の連携が悪い」。原因を見つけることは必要である。しかし、原因を誰か一人の内側に置いた瞬間、支援はその人を変える作業へ傾きやすい。
本人に理解してもらう。家族に受け入れてもらう。事業所に対応してもらう。主治医に指示を書いてもらう。それで進むケースもある。一方で、働きかけを重ねるほど本人が閉じ、家族の不満が強まり、支援者も疲弊するケースがある。そこでは、働きかけが不足しているのではなく、「何を問題と見ているか」という枠組みが固定している可能性がある。
現代思想は、私たちが当然だと思っている言葉、制度、正常さ、専門性、主体性を問い直してきた。本ページでは、日本社会臨床学会が掲げる、社会・文化の中の「臨床」を点検するという問題意識に接続し、本人の苦しさを本人だけの問題として閉じず、その人を取り巻く社会・文化・制度と、支援する側の臨床そのものを考える。これらは、ケアマネジメントの代わりになる技法ではない。アセスメント、ケアプラン、担当者会議、モニタリングを、もう一度丁寧に行うための補助線である。
本ページでは、次の順序で支援を読み直す。
- まず、起きている事実と、私たちの解釈を分ける
- 誰の言葉が強く、誰の声が小さくなっているかを見る
- 専門職が置いている「望ましい生活」の基準を点検する
- 個人の問題に見えるものを、関係・環境・制度まで広げて見る
- 危険の大きさと時間軸を整理する
- 本人と合意できる最小の一歩を考える
- その一歩を記録し、期限を決めて見直す
答えを遅らせるためではない。必要な判断を、誰か一人の思い込みだけで行わないためである。
ケース1 「何もいらない」と話すAさん
ケースの概要
Aさんは82歳の女性。夫と死別してから、二十年以上同じ家で一人暮らしを続けている。二年前から物忘れが目立ち、最近、近所の人が同じ商品を何度も買っている姿を見かけるようになった。かかりつけ医からは認知症の可能性を指摘されているが、本人は「年を取れば誰でも忘れる」と話し、詳しい検査は希望していない。
長女は電車で一時間ほどの場所に住み、週末に訪問している。冷蔵庫には期限の切れた食品があり、内服薬も余っている。ガスコンロの火を消し忘れたことが一度あったと近所の人から聞き、長女は強い不安を感じている。長女は訪問介護と配食サービス、将来的には施設入所も必要だと考えている。
ケアマネジャーが訪問介護を提案すると、Aさんは「家のことは自分でできます。知らない人を家に入れる必要はありません」と答えた。配食サービスについても、「人が作った冷たいものは食べたくない」と断った。長女が「もう一人では無理」と言うと、Aさんは「私の家なのに、あなたが勝手に決めるの」と声を荒らげた。
ケアマネジャーは、Aさんの意思を尊重したい。一方で、火の不始末や服薬の問題を放置できないとも感じている。長女からは「何か起きてからでは遅い。ケアマネさんからもっと強く言ってほしい」と連絡が続く。主治医は「見守りと服薬管理が必要」と話している。訪問介護事業所は、本人の同意がない状態での導入は難しいと回答した。
支援者間では、次のような言葉が出始めた。
- 本人の拒否が強い
- 病識がない
- 長女も疲弊している
- 独居継続は限界ではないか
- 事故が起きた場合に責任を問われる
- まずサービスを受け入れてもらう必要がある
最初に立ち止まる
これらは、どれも現場の切実な言葉である。危険を感じながら支援する人の焦りを、簡単に否定することはできない。しかし、このまま会議を始めると、議題は「どうすればAさんにサービスを受け入れてもらえるか」へ収束しやすい。Aさんは、支援の主体ではなく、導入を妨げる要因として扱われ始める。
ここで一度、結論を止める。止めるのは、危険への対応ではない。「サービス導入が唯一の入口である」という前提である。
事実と解釈を分ける
現時点で確認できている事実は何か。
- Aさんは同じ家で二十年以上、一人暮らしをしている
- 冷蔵庫に期限切れの食品があった
- 内服薬が余っていた
- 近所の人から、ガスの消し忘れが一度あったと長女が聞いた
- Aさんは認知症の可能性を指摘されているが、詳しい検査を希望していない
- Aさんは、知らない人を家に入れたくないと話した
- Aさんは、配食の食事を食べたくないと話した
- 長女は事故を心配し、サービス利用または施設入所を希望している
一方、次の表現には解釈が含まれている。
- 「拒否が強い」
- 「病識がない」
- 「独居は限界」
- 「サービスの必要性を理解できない」
- 「長女が過干渉である」
解釈が悪いのではない。アセスメントには解釈が必要である。ただし、解釈を事実と同じ強さで扱うと、別の見方を検討できなくなる。「拒否が強い」を、「Aさんは、知らない人が自宅に入ることへの不安と不快感を表明している」と書き換えると、確かめるべきことが変わる。
Aさんは、何を拒んでいるのか。介護そのものか。知らない人か。家の中を見られることか。自分ができない人として扱われることか。決定を娘に奪われることか。決まった時間に来訪されることか。料金か。介護保険という言葉か。過去に他人を家へ入れて嫌な経験があったのか。まだ確認されていない。
「拒否」という一語は、これらの違いを隠す。だから記録から拒否という言葉を禁止するのではなく、その後に、本人が何に対してどのような言葉や行動を示したかを書く。
四者が守ろうとしているものを分ける
Aさんは、「自分の家と暮らしを、自分のものとして保ちたい」と考えている可能性がある。長女は、母に事故が起きる前に守りたい。主治医は、健康被害を予防し、治療を継続する責任を負う。ケアマネジャーは、本人の意思を尊重しながら生活上の危険を減らし、支援体制を整える責任を負う。
四者の希望や責任を分けることは、すべてを同じ重さにして結論を出さないという意味ではない。切迫した危険があれば介入の優先度は上がる。しかし、会議の中でどの言葉が決定を強く方向づけているかを知ることはできる。医療的な言葉、事故責任の言葉、制度の言葉は強い。本人の「家に入れたくない」は、感情的な反応として小さく扱われやすい。
その非対称性を自覚したうえで、支援を再開する。
この段階での暫定方針
Aさんのケースでは、いきなり訪問介護導入か独居中止かを決めるのではなく、次のような暫定方針が考えられる。
- ガスの消し忘れについて、いつ、誰が、どの状態を確認したのかを再確認する
- 服薬状況を、残薬数だけでなく処方内容、本人の飲み方、飲まない理由まで確認する
- Aさんが家へ入ってもよいと感じる人、時間、目的があるかを聞く
- 「介護サービス」という入口以外に、既知の関係者による短時間の訪問や、本人が選べる食事の方法を検討する
- 火災・脱水・栄養・服薬などの危険を分け、それぞれの重大性と切迫性を評価する
- 長女の不安と負担を、Aさんの支援とは別の課題として支える
- 二週間など短い見直し期限を設定し、状況が変わったときの連絡基準を共有する
これは最終解ではない。本人の生活を壊さずに情報を増やすための、小さく修正可能な一歩である。
第1部 行き詰まりを読み直す四つのレンズ
レンズ1 言葉――その記録は、何を見せ、何を消しているか
ケアマネジメントは言葉でできている。相談受付票、アセスメント、居宅サービス計画、担当者会議の要点、支援経過、モニタリング。本人の暮らしは、支援者が書いた言葉によって別の専門職へ運ばれ、次の判断の材料になる。
言葉は事実を透明に写すだけのものではない。どの事実を選び、どの順番で書き、どの名称をつけるかによって、ケースの輪郭が変わる。「一人で暮らしている」と「独居である」は近いが、後者には支援上のリスクという含みが生じやすい。「訪問介護は必要ないと話した」と「サービス拒否」も同じではない。後者は本人の説明を短くし、支援者側の判断を前面に出す。
ここで大切なのは、専門用語を使わないことではない。限られた時間で情報共有するために、共通語は必要である。問題は、短い名称が本人の全体像だと思われることである。
実務で確認する三つの層
第一層:観察・確認された事実
誰が、いつ、どこで、何を見聞きしたのか。本人が実際に話した言葉は何か。記録や物品で確認できることは何か。
第二層:本人・家族・支援者の意味づけ
本人はその出来事をどう理解しているか。家族は何を心配しているか。支援者は何を課題と見ているか。
第三層:判断と今後の方針
危険性、緊急性、支援の必要性をどう評価したか。何を提案し、誰と何を確認するか。
この三層を混ぜないことで、記録は本人を固定するラベルではなく、後から検討可能な資料になる。
言い換えではなく、情報を増やす
「拒否がある」を「本人の意向を尊重する」に言い換えるだけでは不十分である。優しい言葉に変えても、何を拒み、何を望み、何が未確認かが書かれていなければ、支援にはつながらない。必要なのは美化ではなく、具体化である。
- 「デイサービスを拒否」ではなく、「集団で同じ活動をする場所は落ち着かないと話し、利用を希望しなかった」
- 「家族の理解不足」ではなく、「長男は転倒予防を最優先と考え、本人の外出希望には反対している」
- 「認知症のため意思確認困難」ではなく、「質問を変えると回答が揺れる。写真を示した際は自宅で暮らしたいと繰り返し話した」
- 「問題行動」ではなく、「夕方に玄関から外へ出ようとする。本人は『家に帰る』と話している」
記録の質は、文章の硬さや長さだけで決まらない。別の支援者が読んだとき、本人への次の問いを考えられるかどうかで決まる。
レンズ1の問い
- この記録の主語は誰か
- 本人の直接の言葉は残っているか
- 評価語の根拠となる出来事が書かれているか
- 一度の出来事を、いつもの性質として書いていないか
- 本人の力、習慣、関係、好みが消えていないか
- 未確認事項が、できないこととして断定されていないか
- 読み手が別の仮説を持てる余地があるか
レンズ2 正常さ――誰の「望ましい生活」を基準にしているか
介護支援には、多くの基準が必要である。安全な移動、安定した服薬、十分な栄養、清潔の保持、社会参加、家族負担の軽減。基準がなければ危険を見逃し、必要な支援を提案できない。
しかし、基準は中立ではない。毎日三食を同じ時間に食べる。薬を間違えずに飲む。部屋を清潔に保つ。転倒しないよう外出を控える。家族に迷惑をかけない。こうした目標は合理的に見えるが、本人がこれまで何を大切にしてきたかと衝突することがある。
ミシェル・フーコーの正常化と権力/知をめぐる議論は、専門知と制度が「正常」と「異常」を分け、人の行動を整える働きを考える材料になる。この視点をケアマネジメントへそのまま適用するのではなく、自己点検の問いとして借りる。
私たちが安全、健康、自立と呼んでいるものは、本人が望む生活とどのような関係にあるか。
自立支援を「一人でできることを増やす」とだけ捉えると、他者に頼りながら自分の生活を選ぶ可能性が見えにくくなる。安全を「事故が起きないこと」とだけ捉えると、外出、料理、飲酒、人づきあいなど、本人にとって生きる意味のある行為を減らし続けることになる。
だからといって、本人が望めばすべてよいわけではない。重要なのは、安全か自由かの二択にしないことである。どの危険がどの程度あり、何を工夫すれば本人が守りたい行為を続けられるかを考える。
「できる/できない」から「どの条件ならできるか」へ
- 一人で入浴できない → 見守り、手すり、時間帯の調整があればどこまで可能か
- 服薬管理ができない → 薬の種類、回数、置き場所、声かけ方法のどこに難しさがあるか
- 外出は危険 → 行き先、時間、交通量、同行者、位置情報など、危険を分けて考えられるか
- 意思決定ができない → 情報の示し方、場所、体調、同席者、選択肢の数を変えるとどうか
能力を人の固定した属性として見るのではなく、環境との関係で見る。これは本人の力を過大評価することではない。支援の設計によって変えられる部分を見落とさないためである。
レンズ2の問い
- このケースで「普通」「安全」「自立」は誰が定義しているか
- 本人が失いたくない習慣や役割は何か
- リスクをゼロにしようとして、生活の意味まで減らしていないか
- 本人にだけ変化を求め、環境側を固定していないか
- 支援者の不安を、本人のニーズとして書いていないか
- 判断能力を一括して有無で捉えていないか
- 本人が選び直せる余地を残しているか
レンズ3 関係――自己決定は、一人だけで行われるものか
ケアマネジメントでは「本人の意思を尊重する」という言葉が繰り返し使われる。これは支援の基本である。しかし、本人の意思を尊重することと、本人一人に決定の責任を負わせることは同じではない。
人は、誰にも頼らずに生きているわけではない。食事、住まい、移動、医療、金銭、情報、感情の支えなど、多くの関係の中で暮らしている。介護が必要になれば、その関係はさらに見えやすくなる。家族の力を借りる人もいれば、介護サービス、近隣、友人、行政、医療機関、権利擁護の仕組みを組み合わせる人もいる。
ケアの倫理は、人間を完全に独立した個人としてではなく、互いに依存し、傷つきやすさを持つ存在として見る。ここから得られる実務上の示唆は、「本人か家族か」という二者択一を避けることである。
本人が自宅を望み、同居家族が介護の限界を訴えている場合、本人の希望だけを正解にすると、家族が無償で介護を続けることを暗黙に求める可能性がある。反対に、家族の負担軽減だけを優先すると、本人の住まいと生活が、本人抜きに決められる可能性がある。
二つの希望を、同じ一つの問いに押し込めない。
- 本人は、どのような暮らしを続けたいのか
- 家族は、何なら続けられ、何は続けられないのか
- 家族が担わない場合、代替できる支援は何か
- 費用、地域資源、人員、住宅環境の制約は何か
- 本人と家族の関係を壊さずに減らせる負担は何か
自己決定支援では、選択肢を提示して一度同意を得れば終わりではない。情報を理解しやすい形で伝える。本人が安心して話せる人と場所を整える。言葉だけでなく表情、行動、これまでの生活史、繰り返し示される好みを確認する。試してみた経験をもとに、選び直せるようにする。決定を一回の点ではなく、時間のある過程として支える。
「本人の意思」が見えにくいとき
認知症、失語、知的障害、精神的不調、意識状態の変化などにより、言葉での意思確認が難しい場合がある。そのとき、支援者が「本人はきっとこう思っている」と早く物語を完成させることは危険である。家族の推定も、本人をよく知る重要な情報である一方、家族自身の希望や不安から完全に自由ではない。
確認できる材料を増やす。
- 本人が一貫して近づくもの、避けるもの
- 表情や身体の緊張が変わる場面
- 以前から大切にしていた習慣
- 過去に語っていた希望
- 説明する人、場所、時間を変えたときの反応
- 実際に体験した後の反応
- 選択肢を二つ程度に絞ったときの反応
それでも分からないことは残る。「意思確認ができなかった」と断定する前に、どの方法を試し、何が分かり、何が分からなかったかを残す。
家族の声を、本人の代わりだけにしない
家族は、本人についての重要な情報を持つ。同時に、家族自身も支援を必要とする当事者である。家族の発言をすべて「本人のための意見」として扱うと、家族の疲労、罪悪感、仕事、育児、病気、経済的不安が隠れる。
「母は施設の方が幸せだと思う」という発言には、母への心配と、「もう自分だけでは支えられない」という家族自身の訴えが同時に含まれているかもしれない。両方を分けて聞くことで、本人の居場所の話と、家族支援の話を別々に検討できる。
レンズ3の問い
- 本人の意思を、誰かが早く代弁していないか
- 本人が理解し、表明しやすい環境を整えたか
- 家族の意見の中に、家族自身の支援ニーズが隠れていないか
- 本人の希望を実現する費用や労力を、特定の家族へ当然のように求めていないか
- 一度の同意や拒否を、永続する決定としていないか
- 本人が実際に試し、選び直す機会があるか
- 分からないことを、分からないまま記録できているか
レンズ4 構造――個人の問題に見える社会の問題はないか
ケアマネジャーは個別支援を行う。目の前の一人の生活に合わせて、制度とサービスを組み合わせる。そのため、問題が起きたときも、本人、家族、担当事業所の中で調整しようとする。
しかし、何度調整しても同じ種類の困難が繰り返される場合、個人では変えられない条件が影響しているかもしれない。
- 訪問介護事業所が不足し、本人が希望する時間に支援が入れない
- 医療機関までの公共交通が乏しく、受診の継続が難しい
- 身寄りのない人の入院・入所時に、保証人や緊急連絡先が求められる
- 家族介護を前提としなければ在宅生活が成立しない
- 低所得のため、必要性があっても自己負担を続けられない
- 退院までの期間が短く、本人が理解し選ぶ時間を確保できない
- 複数制度にまたがる課題が、対象外として分断される
- ケアマネジャーの担当件数や事業所の人員体制に余裕がなく、丁寧な訪問や会議が難しい
これらが、「本人のこだわり」「家族の協力不足」「支援者の調整力不足」と表現されることがある。
社会臨床の視点は、本人の苦しさを社会のせいにして終えるものではない。個別支援で変えられることと、組織・地域・制度へ返すべき課題を分けるためにある。
よくある個人化
「利用意欲が低い」
実際には、費用負担が難しい、利用できる時間が合わない、過去に合わないサービスを経験した、説明が理解しにくかったという可能性がある。
「家族の協力が得られない」
家族が遠方に住む、仕事や育児がある、家族自身に病気がある、過去の家族関係に葛藤がある、支援できない事情を話すと責められると感じている可能性がある。
「受診拒否」
移動手段がない、待ち時間が長い、過去の診療で傷ついた、費用が不安、病気を知ることが怖い、本人が必要性を感じていないなど、複数の条件が考えられる。
「困難ケースで受け入れ先がない」
本人の状態だけでなく、人員配置、報酬、研修体制、医療的支援、住宅の不足により、地域の受け皿が狭くなっている可能性がある。
地域へ返すためのメモ
個別ケースで把握した構造的な課題は、個人情報へ配慮しながら、事業所内、地域ケア会議、主任介護支援専門員の連絡会、行政との協議などへ返す。
- 同じ困難を抱えるケースが他にもあるか
- 個別の善意や時間外対応で吸収している不足は何か
- どの制度・組織・地域資源の境界で支援が切れているか
- 既存資源の使い方を変えれば改善できるか
- 新しい資源や協議の場が必要か
- 本人や家族の責任として記録されている条件はないか
地域課題を見つけても、ケアマネジャー一人が解決責任を背負わない。発見し、言語化し、共有するところまでを実務として位置づける。
レンズ4の問い
- 同じ種類の困難が地域で繰り返されていないか
- 資源不足を本人の性格や家族の責任へ置き換えていないか
- 無償の家族介護や支援者の時間外対応を前提にしていないか
- 費用、交通、住まい、孤立、言語、情報格差を確認したか
- 個別支援で対応する範囲と、組織へ共有する範囲を分けたか
- 制度上できないことを、支援者の工夫だけで埋め続けていないか
- 地域で検討するために、何を匿名化して残すか