プラグマティズム
(不確実性下の暫定最適)
― ケアマネジメント実務への実装 ―
はじめに:不確実性と向き合う実務技法
ケアマネジメントは、医学的経過と生活条件が同時に変動する場であり、確実な予測に依拠した計画だけでは運用が破綻しやすいものです。にもかかわらず、支援は先送りできず、限られた情報の中で、本人の生活を守る判断を要します。こうした状況では、計画を「完成品」として作るのではなく、「仮説として組み、観察し、更新する運用」として扱う方が実務に適合します。
本稿は、プラグマティズム※1(pragmatism)を「不確実性下の暫定最適」という実務技法として整理し、破綻点の定義、最小単位の介入、観察指標と更新条件の設定という三点を軸に、面接・アセスメント・ケアプラン・サービス調整・記録へ実装するための手順を提示するものです。
※なお、本稿は一般的な実務論であり、個別の医学的判断や緊急対応の手順を代替しません。急性増悪や安全性上の懸念が強い局面では、主治医・訪問看護・行政等との連携を優先します。
1. プラグマティズムの要点(実務の言語へ翻訳する)
プラグマティズムは、真理を「抽象的に完成した正しさ」として固定せず、現実の問題状況を改善する働きとして扱う立場です。概念は、現場で使われて初めて意味を持ちます。判断は、結果と過程の両方によって鍛え直されます。すなわち、意思決定は一回で終わる宣言ではなく、現場の変化に応じて更新される探究(inquiry)です。
不確実性の中で、利用者の生活が破綻しない範囲で、最も機能する仮説を採用し、観察可能な指標によって短周期で更新する。
この一文の中核は「暫定※2」です。暫定とは、曖昧にすることではありません。現時点での根拠、採用理由、評価期間、更新条件を明文化したうえで、次の観察に開かれた形で決定することを意味します。
2. 「暫定最適」とは何か
暫定最適とは、以下の条件を満たす意思決定です。
- 第一:利用者の価値(何を守り、何を避け、何を残すか)に接続していること。
- 第二:リスク(転倒・誤嚥・脱水・低栄養・薬剤有害事象・せん妄・急性増悪・介護破綻など)を現実的に取り扱っていること。
- 第三:資源制約(サービス枠、家族の時間、費用、通所・訪問の地理、医療連携の可否)を折り込んでいること。
- 第四:観察可能な指標を設定し、更新の契機をあらかじめ定義していること。
ここでの「最適」は、万能解ではありません。「当面の機能」を最大化し、損失を最小化するという意味での最適です。したがって、暫定最適は“勝ち筋”の宣言ではなく、“運用可能な仮説”の採用です。
3. なぜケアマネジメントにプラグマティズムが適合するのか
ケアマネジメントは、原因と結果が直線で結びにくい複雑系※3です。例えば、同じサービス構成でも、本人の睡眠、疼痛、抑うつ、栄養、住環境、同居者の疲労、季節性、感染症流行などの微小な差が、生活全体の成否を左右します。ここで「理想的な唯一解」を追うと、意思決定が遅れ、介護破綻や急性増悪のリスクが増えます。
プラグマティズムは、こうした複雑性に対して、次の姿勢を提供します。
- 判断の早期化(遅延による損失を減らす)
- 観察指標による更新(判断の誤差を縮める)
- 多職種協働の合意形成(異なる正しさを並置する)
- 記録の透明性(なぜその仮説を採用したかを追跡可能にする)
この姿勢は、制度運用の枠内で、生活の連続性を担保するうえで有効です。
4. 実務への実装原理:暫定最適を作る手順
実装は「立てる→試す→観る→更新する」です。ただし、抽象的な循環ではなく、記録と合意形成に耐える具体化が必要です。以下、各段階を医療・介護の文書として通用する形で定義します。
4-1. 問題状況の定義(Problem framing)
問題は「困りごと」ではなく、「破綻点※4」で定義します。破綻点とは、放置した場合に生活が崩れる箇所です。典型は、転倒・骨折、誤嚥性肺炎、脱水、服薬逸脱、介護者疲弊、独居の急変時対応、徘徊・火の不始末、金銭管理破綻などです。
この段階で重要なのは、問題を一つに絞ることではありません。優先順位を定め、短期の主課題を一つだけ置くことです。「今週・今月の主課題」を明確化し、それ以外は次周期に回します。
4-2. 仮説の形成(Hypothesis)
仮説は、「この介入が、この破綻点を、この期間で、どの程度減らすか」という形で記します。抽象語(見守り強化、安心の確保、支援充実)では運用できません。観察可能な結果へ落とします。
4-3. 介入の最小単位化(Smallest workable change)
大きな変更は失敗コストが高いものです。暫定最適では、介入を最小単位に分解し、まず“実装できる一手”を置きます。福祉用具一つ、訪問頻度の一段階変更、服薬カレンダー導入、飲水の仕組み化、食形態調整の相談、家族の休息枠確保などです。
最小単位化は、利用者の抵抗を減らし、家族の疲労を増やしにくい利点があります。導入が不調の場合に撤退しやすいというメリットもあります。
4-4. 観察指標の設定(Observable indicators)
観察指標は、本人・家族・サービス事業所が日常で把握できる項目に限定します。医療データが必要な場合は、主治医・訪問看護と連携し、共有の枠組みを作ります。
指標の例は、転倒回数、ふらつきの頻度、食事摂取量の目安、飲水量の目安、便秘日数、夜間覚醒回数、服薬逸脱の有無、介護者睡眠時間、通所拒否の頻度、疼痛の自己評価(0~10)などです。ADL※5やIADL※6も、観察しやすい項目へ分解して扱います。
4-5. 更新条件の明文化(Update triggers)
暫定最適は更新される前提です。更新条件は、開始時点で明文化します。更新条件がない計画は、結果の解釈が恣意化※7しやすくなります。
「介護者の睡眠が連続3日で4時間未満となった場合、ショートステイ調整を優先する。」
5. ケアプラン作成における「暫定最適」の書き方
ケアプランは、目標を固定する文書ではなく、運用を成立させるための合意文書です。プラグマティズム的な書き方は、次の特徴を持ちます。
- 第一に、短期目標が「状態」ではなく「生活の挙動」に寄る。
- 第二に、サービス内容が「実施項目」ではなく「破綻点への介入」として記述される。
- 第三に、評価期間と更新条件が明記される。
例として、心不全や腎機能低下が背景にあり、体力低下と低栄養が進むケースを想定します。ここで短期目標を「栄養状態の改善」と書くと運用が難しくなります。生活挙動に落とします。
「食事摂取が日内で大きく崩れない。飲水の機会が生活内に配置される。夜間のふらつきが減り、転倒の危険が増えない。家族の介護負担が破綻しない。」
このように記し、実施内容を「見守り」「支援」ではなく、「飲水の仕組み化」「食事準備の代替」「夜間動線の整備」「起立・移乗の手順整備」へ具体化します。
6. 多職種連携におけるプラグマティズム:正しさの衝突を扱う
現場では、医師は医学的安全性を優先し、訪問看護は症状観察と急変対応を重視し、訪問介護は生活手順の実装可能性を見て、家族は持続可能性を最優先することが多くあります。ここで「誰が正しいか」を争うと調整が止まります。
プラグマティズムは、正しさを単一化せず、「どの正しさが、いまの破綻点を減らし、生活を続けさせるか」という問いへ置き換えます。合意形成は、抽象的な納得ではなく、運用上の役割分担として結びます。
7. 介護・介助方法への落とし込み:暫定最適は「手順」を作る
哲学は、現場では手順になって初めて力を持ちます。暫定最適の介護・介助は、次の三層で組み立てます。
- 第一層:環境(転倒要因、照明、段差、手すり、寝具、動線、温度、収納)
- 第二層:手技(起立、移乗、歩行、排泄、更衣、入浴、食事、口腔、スキンケア)
- 第三層:時間(いつ、どの順で、どの頻度で、誰が実施するか)
例として、夜間排泄でふらつく利用者に対する暫定最適は、夜間の身体機能改善を期待するのではなく、夜間の転倒機会を減らす手順を作ります。環境としてベッド周囲の照明と足元の障害物除去、手技として起立前の端座位保持と血圧低下への配慮、時間として就寝前の排泄誘導と水分摂取タイミング調整、必要に応じたポータブルトイレ導入を組み合わせます。評価期間を短く設定し、転倒や強いふらつきが出た場合の更新条件を置きます。
8. 記録の型:暫定最適を「追跡できる文章」にする
ケアマネジメントの記録は、正解の提示ではなく、意思決定の透明性が要点となります。暫定最適の記録は、次の骨格を持つと強くなります。
「問題状況(破綻点)/背景情報(医学・生活・家族)/採用した仮説/介入の最小単位/観察指標/評価期間/更新条件/合意形成の要点」
この骨格で書くと、後日、状況が変化しても説明責任が保たれます。「なぜその時点でそれを選んだか」が残るためです。
9. 事例で読む(2例)
9-1. 事例A:フレイル※8と心不全、独居に近い生活
高齢、低体重、ふらつき、夜間頻尿があり、家族は日中のみ関与できる。主課題は「夜間転倒による骨折と、その後の生活破綻」である。
- 仮説:夜間の単独移動が転倒機会の中心であり、動線と排泄手順の再設計が有効。
- 最小単位介入:①ベッド周囲照明と動線の障害物除去、②起立前の端座位保持(数十秒)と立位開始の手順化、③就寝前排泄誘導、④必要時ポータブルトイレ導入。
- 観察指標:夜間の立ち上がり回数の目安、ふらつきの頻度、転倒の有無、日中の眠気、介護者負担。
- 更新条件:ふらつき増大または転倒が発生した場合、夜間の人的支援追加と医療連携を協議する。
9-2. 事例B:認知症と行動障害、服薬逸脱、家族疲弊
徘徊傾向と服薬逸脱があり、家族が夜間対応で消耗している。主課題は「家族疲弊による在宅継続困難」である。
- 仮説:夜間対応の局所集中が介護負担の中核であり、休息枠の導入が在宅継続を伸ばす。
- 最小単位介入:ショートステイの定期枠確保、服薬支援(訪問看護・薬局連携)、夜間の環境調整(鍵・センサー・動線)。
- 観察指標:家族睡眠時間、夜間覚醒回数、徘徊頻度、服薬逸脱の頻度。
- 更新条件:家族睡眠が一定水準を下回る状態が続く場合、支援枠の再編(回数増、医療連携、施設選択肢の検討)へ移行する。
10. 限界と注意点
暫定最適は万能ではありません。医学的禁忌や安全性の枠を超えることはできません。虐待・重大な権利侵害・生命危機が疑われる局面では、暫定運用よりも緊急介入と行政・医療連携が優先されます。また、暫定最適は更新を前提とするため、記録が薄いと説明責任を損ねやすくなります。仮説と更新条件の明文化は必須です。
加えて、本人の自己決定は「一回の同意」で完結しません。体調・認知機能・家族関係・生活環境により、希望は揺れ得ます。ここで必要なのは、希望の固定化ではなく、希望が実際の生活の中で成立する条件を探究し続ける態度です。これもプラグマティズムの実務的含意※9です。
結語:不確実性を引き受けること
ケアマネジメントの意思決定は、不確実性の中でなされる以上、最初から完全であることを要しません。要るのは、生活が継続するために機能する仮説を、根拠と条件を明記した形で採用し、短周期で更新する運用です。プラグマティズムを「不確実性下の暫定最適」として扱うとき、実務は次の四点に収束します。
- 第一に破綻点を定義する
- 第二に介入を最小単位へ分解して実装する
- 第三に観察可能な指標を設定する
- 第四に更新条件を開始時点で言語化する
この四点が記録として残れば、判断は再検討可能となり、多職種協働の合意も追跡可能となります。暫定最適とは、迷いを残すことではなく、更新可能性を担保した決定です。現場が揺れるほど、この型は強度を持ちます。「決める→観る→更新する」を短周期で回し、生活の破綻を避けつつ、本人の価値に沿った選択肢を保つことが、ケアマネジメントの中核です。
※実装の際は、本文の「破綻点/仮説/最小単位介入/観察指標/評価期間/更新条件」を一枚にまとめ、担当者会議・モニタリング・記録の共通言語として用いると運用が軽くなります。