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横浜市保土ケ谷区天王町の「きてケアプランセンター」

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臨床の思考法:現代思想 ✖ ケアマネジメント

プラグマティズム
(不確実性下の暫定最適)
― ケアマネジメント実務への実装 ―

はじめに:不確実性と向き合う実務技法

ケアマネジメントは、医学的経過と生活条件が同時に変動する場であり、確実な予測に依拠した計画だけでは運用が破綻しやすいものです。にもかかわらず、支援は先送りできず、限られた情報の中で、本人の生活を守る判断を要します。こうした状況では、計画を「完成品」として作るのではなく、「仮説として組み、観察し、更新する運用」として扱う方が実務に適合します。

本稿は、プラグマティズム※1(pragmatism)を「不確実性下の暫定最適」という実務技法として整理し、破綻点の定義、最小単位の介入、観察指標と更新条件の設定という三点を軸に、面接・アセスメント・ケアプラン・サービス調整・記録へ実装するための手順を提示するものです。

※なお、本稿は一般的な実務論であり、個別の医学的判断や緊急対応の手順を代替しません。急性増悪や安全性上の懸念が強い局面では、主治医・訪問看護・行政等との連携を優先します。

※1 プラグマティズム:「実用主義」「実際主義」などと訳される思想的立場。抽象的な「正しさ」よりも、「実際に行動したときにどのような結果をもたらすか」という実用的な効果や有用性を重視する考え方。

1. プラグマティズムの要点(実務の言語へ翻訳する)

プラグマティズムは、真理を「抽象的に完成した正しさ」として固定せず、現実の問題状況を改善する働きとして扱う立場です。概念は、現場で使われて初めて意味を持ちます。判断は、結果と過程の両方によって鍛え直されます。すなわち、意思決定は一回で終わる宣言ではなく、現場の変化に応じて更新される探究(inquiry)です。

ケアマネジメントへの翻訳

不確実性の中で、利用者の生活が破綻しない範囲で、最も機能する仮説を採用し、観察可能な指標によって短周期で更新する。

この一文の中核は「暫定※2」です。暫定とは、曖昧にすることではありません。現時点での根拠、採用理由、評価期間、更新条件を明文化したうえで、次の観察に開かれた形で決定することを意味します。

※2 暫定(ざんてい):正式な決定がなされるまでの間、仮の措置として決めること。ここでは「現時点での最善策」として採用し、後で修正することを前提とした決定を指す。

2. 「暫定最適」とは何か

暫定最適とは、以下の条件を満たす意思決定です。

  • 第一:利用者の価値(何を守り、何を避け、何を残すか)に接続していること。
  • 第二:リスク(転倒・誤嚥・脱水・低栄養・薬剤有害事象・せん妄・急性増悪・介護破綻など)を現実的に取り扱っていること。
  • 第三:資源制約(サービス枠、家族の時間、費用、通所・訪問の地理、医療連携の可否)を折り込んでいること。
  • 第四:観察可能な指標を設定し、更新の契機をあらかじめ定義していること。

ここでの「最適」は、万能解ではありません。「当面の機能」を最大化し、損失を最小化するという意味での最適です。したがって、暫定最適は“勝ち筋”の宣言ではなく、“運用可能な仮説”の採用です。

3. なぜケアマネジメントにプラグマティズムが適合するのか

ケアマネジメントは、原因と結果が直線で結びにくい複雑系※3です。例えば、同じサービス構成でも、本人の睡眠、疼痛、抑うつ、栄養、住環境、同居者の疲労、季節性、感染症流行などの微小な差が、生活全体の成否を左右します。ここで「理想的な唯一解」を追うと、意思決定が遅れ、介護破綻や急性増悪のリスクが増えます。

プラグマティズムは、こうした複雑性に対して、次の姿勢を提供します。

  • 判断の早期化(遅延による損失を減らす)
  • 観察指標による更新(判断の誤差を縮める)
  • 多職種協働の合意形成(異なる正しさを並置する)
  • 記録の透明性(なぜその仮説を採用したかを追跡可能にする)

この姿勢は、制度運用の枠内で、生活の連続性を担保するうえで有効です。

※3 複雑系(ふくざつけい):多数の要素が相互に影響し合い、全体として予測困難な振る舞いをするシステムのこと。単純な因果関係だけでは説明できない現象。

4. 実務への実装原理:暫定最適を作る手順

実装は「立てる→試す→観る→更新する」です。ただし、抽象的な循環ではなく、記録と合意形成に耐える具体化が必要です。以下、各段階を医療・介護の文書として通用する形で定義します。

4-1. 問題状況の定義(Problem framing)

問題は「困りごと」ではなく、「破綻点※4」で定義します。破綻点とは、放置した場合に生活が崩れる箇所です。典型は、転倒・骨折、誤嚥性肺炎、脱水、服薬逸脱、介護者疲弊、独居の急変時対応、徘徊・火の不始末、金銭管理破綻などです。
この段階で重要なのは、問題を一つに絞ることではありません。優先順位を定め、短期の主課題を一つだけ置くことです。「今週・今月の主課題」を明確化し、それ以外は次周期に回します。

4-2. 仮説の形成(Hypothesis)

仮説は、「この介入が、この破綻点を、この期間で、どの程度減らすか」という形で記します。抽象語(見守り強化、安心の確保、支援充実)では運用できません。観察可能な結果へ落とします。

例:「夜間のトイレ動作で転倒しやすい。排尿回数と動線が関与している。ポータブルトイレ導入と動線照明、起立補助具、夜間の訪問介護を組み合わせ、夜間の単独移動を減らす。評価期間は2週間とする。」

4-3. 介入の最小単位化(Smallest workable change)

大きな変更は失敗コストが高いものです。暫定最適では、介入を最小単位に分解し、まず“実装できる一手”を置きます。福祉用具一つ、訪問頻度の一段階変更、服薬カレンダー導入、飲水の仕組み化、食形態調整の相談、家族の休息枠確保などです。
最小単位化は、利用者の抵抗を減らし、家族の疲労を増やしにくい利点があります。導入が不調の場合に撤退しやすいというメリットもあります。

4-4. 観察指標の設定(Observable indicators)

観察指標は、本人・家族・サービス事業所が日常で把握できる項目に限定します。医療データが必要な場合は、主治医・訪問看護と連携し、共有の枠組みを作ります。
指標の例は、転倒回数、ふらつきの頻度、食事摂取量の目安、飲水量の目安、便秘日数、夜間覚醒回数、服薬逸脱の有無、介護者睡眠時間、通所拒否の頻度、疼痛の自己評価(0~10)などです。ADL※5やIADL※6も、観察しやすい項目へ分解して扱います。

4-5. 更新条件の明文化(Update triggers)

暫定最適は更新される前提です。更新条件は、開始時点で明文化します。更新条件がない計画は、結果の解釈が恣意化※7しやすくなります。

例:「2週間以内に夜間転倒が1回でも生じた場合、夜間介助の追加と環境再評価を実施する。」
「介護者の睡眠が連続3日で4時間未満となった場合、ショートステイ調整を優先する。」
※4 破綻点(はたんてん):生活の継続が不可能になる決定的なポイントのこと。
※5 ADL(日常生活動作):食事、排泄、入浴、移動など、生活する上で基本となる動作のこと。
※6 IADL(手段的日常生活動作):買い物、調理、洗濯、電話、金銭管理など、ADLより複雑で高次な生活動作のこと。
※7 恣意化(しいか):論理的な一貫性がなく、その時の気分や自分勝手な思いつきで解釈してしまうこと。

5. ケアプラン作成における「暫定最適」の書き方

ケアプランは、目標を固定する文書ではなく、運用を成立させるための合意文書です。プラグマティズム的な書き方は、次の特徴を持ちます。

  • 第一に、短期目標が「状態」ではなく「生活の挙動」に寄る。
  • 第二に、サービス内容が「実施項目」ではなく「破綻点への介入」として記述される。
  • 第三に、評価期間と更新条件が明記される。

例として、心不全や腎機能低下が背景にあり、体力低下と低栄養が進むケースを想定します。ここで短期目標を「栄養状態の改善」と書くと運用が難しくなります。生活挙動に落とします。

目標記述例

「食事摂取が日内で大きく崩れない。飲水の機会が生活内に配置される。夜間のふらつきが減り、転倒の危険が増えない。家族の介護負担が破綻しない。」

このように記し、実施内容を「見守り」「支援」ではなく、「飲水の仕組み化」「食事準備の代替」「夜間動線の整備」「起立・移乗の手順整備」へ具体化します。

6. 多職種連携におけるプラグマティズム:正しさの衝突を扱う

現場では、医師は医学的安全性を優先し、訪問看護は症状観察と急変対応を重視し、訪問介護は生活手順の実装可能性を見て、家族は持続可能性を最優先することが多くあります。ここで「誰が正しいか」を争うと調整が止まります。

プラグマティズムは、正しさを単一化せず、「どの正しさが、いまの破綻点を減らし、生活を続けさせるか」という問いへ置き換えます。合意形成は、抽象的な納得ではなく、運用上の役割分担として結びます。

例:医師の方針が「活動制限」寄りで、本人が「外に出たい」と言う場合、二者択一ではなく、暫定最適の枠で組み直します。屋外歩行を禁じるか許すかではなく、転倒と急変の危険を減らしつつ外出を成立させるための最小単位介入(歩行補助具、動線、休息点、同伴、時間帯、服薬タイミング、症状時の撤退基準)を設定し、短周期で更新します。

7. 介護・介助方法への落とし込み:暫定最適は「手順」を作る

哲学は、現場では手順になって初めて力を持ちます。暫定最適の介護・介助は、次の三層で組み立てます。

  • 第一層:環境(転倒要因、照明、段差、手すり、寝具、動線、温度、収納)
  • 第二層:手技(起立、移乗、歩行、排泄、更衣、入浴、食事、口腔、スキンケア)
  • 第三層:時間(いつ、どの順で、どの頻度で、誰が実施するか)

例として、夜間排泄でふらつく利用者に対する暫定最適は、夜間の身体機能改善を期待するのではなく、夜間の転倒機会を減らす手順を作ります。環境としてベッド周囲の照明と足元の障害物除去、手技として起立前の端座位保持と血圧低下への配慮、時間として就寝前の排泄誘導と水分摂取タイミング調整、必要に応じたポータブルトイレ導入を組み合わせます。評価期間を短く設定し、転倒や強いふらつきが出た場合の更新条件を置きます。

8. 記録の型:暫定最適を「追跡できる文章」にする

ケアマネジメントの記録は、正解の提示ではなく、意思決定の透明性が要点となります。暫定最適の記録は、次の骨格を持つと強くなります。

記録の骨格

「問題状況(破綻点)/背景情報(医学・生活・家族)/採用した仮説/介入の最小単位/観察指標/評価期間/更新条件/合意形成の要点」

この骨格で書くと、後日、状況が変化しても説明責任が保たれます。「なぜその時点でそれを選んだか」が残るためです。

9. 事例で読む(2例)

9-1. 事例A:フレイル※8と心不全、独居に近い生活

高齢、低体重、ふらつき、夜間頻尿があり、家族は日中のみ関与できる。主課題は「夜間転倒による骨折と、その後の生活破綻」である。

  • 仮説:夜間の単独移動が転倒機会の中心であり、動線と排泄手順の再設計が有効。
  • 最小単位介入:①ベッド周囲照明と動線の障害物除去、②起立前の端座位保持(数十秒)と立位開始の手順化、③就寝前排泄誘導、④必要時ポータブルトイレ導入。
  • 観察指標:夜間の立ち上がり回数の目安、ふらつきの頻度、転倒の有無、日中の眠気、介護者負担。
  • 更新条件:ふらつき増大または転倒が発生した場合、夜間の人的支援追加と医療連携を協議する。

9-2. 事例B:認知症と行動障害、服薬逸脱、家族疲弊

徘徊傾向と服薬逸脱があり、家族が夜間対応で消耗している。主課題は「家族疲弊による在宅継続困難」である。

  • 仮説:夜間対応の局所集中が介護負担の中核であり、休息枠の導入が在宅継続を伸ばす。
  • 最小単位介入:ショートステイの定期枠確保、服薬支援(訪問看護・薬局連携)、夜間の環境調整(鍵・センサー・動線)。
  • 観察指標:家族睡眠時間、夜間覚醒回数、徘徊頻度、服薬逸脱の頻度。
  • 更新条件:家族睡眠が一定水準を下回る状態が続く場合、支援枠の再編(回数増、医療連携、施設選択肢の検討)へ移行する。
※8 フレイル:加齢に伴い心身の活力が低下し、健康と要介護の中間にある状態のこと。適切な介入で機能の維持・向上が期待できる。

10. 限界と注意点

暫定最適は万能ではありません。医学的禁忌や安全性の枠を超えることはできません。虐待・重大な権利侵害・生命危機が疑われる局面では、暫定運用よりも緊急介入と行政・医療連携が優先されます。また、暫定最適は更新を前提とするため、記録が薄いと説明責任を損ねやすくなります。仮説と更新条件の明文化は必須です。

加えて、本人の自己決定は「一回の同意」で完結しません。体調・認知機能・家族関係・生活環境により、希望は揺れ得ます。ここで必要なのは、希望の固定化ではなく、希望が実際の生活の中で成立する条件を探究し続ける態度です。これもプラグマティズムの実務的含意※9です。

※9 含意(がんい):表面的な言葉の意味だけでなく、その裏に含まれている論理的な意味や結論のこと。

結語:不確実性を引き受けること

ケアマネジメントの意思決定は、不確実性の中でなされる以上、最初から完全であることを要しません。要るのは、生活が継続するために機能する仮説を、根拠と条件を明記した形で採用し、短周期で更新する運用です。プラグマティズムを「不確実性下の暫定最適」として扱うとき、実務は次の四点に収束します。

  • 第一に破綻点を定義する
  • 第二に介入を最小単位へ分解して実装する
  • 第三に観察可能な指標を設定する
  • 第四に更新条件を開始時点で言語化する

この四点が記録として残れば、判断は再検討可能となり、多職種協働の合意も追跡可能となります。暫定最適とは、迷いを残すことではなく、更新可能性を担保した決定です。現場が揺れるほど、この型は強度を持ちます。「決める→観る→更新する」を短周期で回し、生活の破綻を避けつつ、本人の価値に沿った選択肢を保つことが、ケアマネジメントの中核です。

※実装の際は、本文の「破綻点/仮説/最小単位介入/観察指標/評価期間/更新条件」を一枚にまとめ、担当者会議・モニタリング・記録の共通言語として用いると運用が軽くなります。

臨床の思考法:
現象学×ケアマネジメント
― 生活者の経験を起点にする ―

はじめに:不確実性と向き合う実務技法

ケアマネジメントの現場は、常に「不確実性」に満ちています。医学的な正解と本人の納得はしばしば食い違い、昨日うまくいった支援が今日は拒絶され、家族の意向と本人の希望は複雑に絡み合います。マニュアルや制度の枠組みだけでは、この流動的な現実に太刀打ちできない瞬間が必ず訪れます。

現象学(phenomenology)※1は、この割り切れない「生活の複雑さ」を切り捨てず、むしろそこを起点にして状況を紐解くための思考法です。これは単なる哲学的な教養ではありません。データでは捕捉できない「その人が世界をどう生きているか」という主観的経験を、支援のロジックに組み込むための実践的な「実務技法」です。

本稿では、不確実な臨床の海を渡るための羅針盤として、現象学の視座をケアマネジメントのプロセス(アセスメント・プランニング・モニタリング)へ実装する方法を提示します。

※1 現象学:私たちが世界をどう「経験」しているか、その意識の構造を分析する哲学の一分野。フッサールらが提唱。

1. 現象学とは何か(ケアマネ向けの最小定義)

現象学とは、生活者が世界をどのように経験しているかを、本人の語り・身体感覚・日常の行為・環境との相互作用から把握する方法論です。中心となる要点は次の通りです。

1-1. 生活世界(lifeworld)

生活世界※2とは、人が「いつもその中で生きている世界」です。病名や数値より先に、朝起きてから夜眠るまでの流れ、家の動線、近所との距離、音や光、家族との関係、金銭の感覚、季節の変化があります。支援はこの生活世界の中で運用されるため、生活世界を把握できない計画は、実装段階で崩れやすいものです。

1-2. 志向性(intentionality)

経験は常に「何かについての経験」です。痛みは痛みとして単独で存在するのではなく、「動こうとしたときの痛み」「夜間トイレへ行くときの怖さ」「外へ出たいのに出られない悔しさ」として立ち上がります。志向性※3とは、経験が対象・状況・意味と結びついているという性質です。

1-3. 判断の一時停止(epoché:エポケー)

現象学は、最初に「専門職の枠」を一度脇へ置きます。診断や制度枠の判断を捨てるのではありません。本人の経験を把握する局面では、早期の断定や説明を抑え、まず経験の輪郭を掴みます。これがエポケー※4です。

ケアマネ実務でのエポケー

「原因はこれだ」「解決はこのサービスだ」と先に結論へ飛ぶ癖が強いと、本人の経験の核心が取りこぼされます。エポケーは、その飛躍を意図的に遅らせる技法です。

1-4. 身体性(embodiment)

生活は身体を通して営まれます。転倒リスクの評価は、筋力やバランスだけで完結しません。「床が冷たい」「段差が黒く見えない」「手すりが遠い」「立ち上がる瞬間に血が引く感じがする」といった身体感覚の記述が、事故予防の設計に直結します。現象学は身体感覚の言語化を重視します。

※2 生活世界:科学的な分析が入る前の、私たちが当たり前に生きている日常の世界。
※3 志向性:意識が常に何らかの対象に向かっていること。「~についての意識」という構造。
※4 エポケー(判断停止):思い込みや既存の知識による判断を一旦保留し、事象そのものに目を向ける態度。

2. なぜ現象学がケアマネジメントに必要となるのか

ケアマネジメントは、制度・資源・医学の言語で世界を整理します。一方、生活者の世界は、意味・関係・習慣・身体感覚の言語で成立します。両者の間には翻訳が必要です。

現象学が扱う「実務上のズレ」
  • (1)ADL※5上は「できる」判定でも、本人の経験としては「怖くてできない」場合。
  • (2)サービス提供側が「支援」と考える介入が、本人には「侵入」「監視」「喪失」として経験される場合。
  • (3)家族が「正しい」と考える方針が、本人には「自分の生活が消える」感覚として経験される場合。
  • (4)本人の希望が言葉上は単純でも、背景にある意味が複層である場合(「家に帰りたい」「元に戻りたい」など)。

こうしたズレを放置すると、サービス導入が進まない、継続できない、関係が悪化する、事故が増える、介護負担が破綻する、といった形で現実化します。現象学は、ズレを早い段階で把握し、支援設計の初期から織り込むための思考法です。

※5 ADL(日常生活動作):食事、更衣、移動、排泄、入浴など、生活を営む上で不可欠な基本的行動。Activities of Daily Living。

3. 実務への実装:現象学的アセスメントの「型」

現象学は「共感」や「傾聴」の美徳で終わらせません。運用可能な型へ落とす必要があります。ここでは、面接・観察・計画・記録の順に整理します。

3-1. 面接:経験を起点にする問いの設計

現象学的面接は、情報収集より前に「経験の輪郭」を掴みます。質問の骨格は、時間・場所・身体・関係・意味の五軸で作ると崩れにくいです。

  • 時間軸:「一日の流れ」を本人の言葉で再現する。朝起きてから寝るまでを、途中の困難点で止めながら辿る。
  • 場所軸:「家の中の地図」を作る。ベッドからトイレ、台所、玄関までを、どの順で、どこで立ち止まり、どこで不安が出るかとして辿る。
  • 身体軸:「体の感じ」を言語化する。ふらつき、息切れ、痛み、眠気、焦りの出方を、場面とセットで聴く。
  • 関係軸:「誰がいると楽か/しんどいか」を扱う。家族・近隣・事業所との距離感、気遣い、遠慮、葛藤を経験として扱う。
  • 意味軸:「何を守りたいか」「何が怖いか」「何が残っていれば自分らしいか」を問い直す。ここは抽象になりやすいので、具体の場面へ戻しながら扱う。

問いの例は、短く、状況へ戻れる形が扱いやすいものです。
「困るのは、いつの時間帯か。」
「家の中で一番怖い場所はどこか。」
「その怖さは、体のどこに出るか。」
「これだけは残したい日課は何か。」
これらは情報ではなく経験を引き出す問いであり、支援設計の材料になります。

3-2. 観察(訪問・同行):場の構造を読む

現象学は「場」を重視します。本人の語りと実際の動作・環境が一致しないことは多くあります。ここで必要なのは、本人を否定することではなく、経験の構造を理解することです。

例えば、トイレ動作が困難と言う場合、筋力低下だけでなく、夜間の照明、足元の冷え、便座の高さ、手すり位置、ドアの開閉、羞恥、家族へ迷惑をかける感覚が絡むことがあります。観察は、原因探しではなく、経験が立ち上がる条件を同定する作業です。

3-3. ケアプラン:経験の言語を制度の言語へ翻訳する

現象学の成果は、ケアプランへ翻訳して初めて機能します。翻訳の要点は、次の三段で整理するとよいでしょう。

  • 第一段:経験の記述 本人が何をどう経験しているかを、場面とセットで短文に落とす。
  • 第二段:破綻点の同定 その経験が放置された場合に、生活がどのように崩れるかを見通す。
  • 第三段:介入の設計 経験を変えるのではなく、経験が立ち上がる条件を変える。環境、手順、支援者配置、時間帯、頻度の調整へ落とす。

3-4. 記録:経験・観察・評価を分けて記す

現象学は解釈を誘発しやすいものです。記録では、事実と評価を混ぜないことが要点となります。

書き分けの基本
  1. (A)本人の語り(発言として引用形式で残す)
  2. (B)観察(動作と環境を具体で残す)
  3. (C)専門職としての評価(なぜその方針が必要かを短く述べる)
  4. (D)支援方針(誰が何をいつどの頻度で)
  5. (E)評価観点(次回モニタリング※6で見る点)
※6 モニタリング:ケアプラン実行後、定期的に利用者の状況やサービスの実施状況を確認・評価すること。

4. 事例で理解する(架空例)

4-1. 「できるはず」なのに動けない(転倒恐怖の経験)

脳血管疾患後で歩行補助具使用。理学療法上は短距離歩行が可能である。しかし本人はトイレへ行く直前に止まり、呼吸が浅くなり、動作が遅くなる。

現象学的にみる焦点は、「歩けるか」ではなく、「歩く瞬間に何が経験されるか」です。本人の語りが「転ぶ映像が頭に出る」「足が床に吸い付く感じがする」であれば、身体感覚と意味が結びついています。ここでは、動作訓練だけでなく、夜間照明、動線整理、手すり位置、見守りの配置、失敗体験の再現条件の回避が介入の中核となります。

4-2. 「家に帰りたい」(意味の層を扱う)

施設入所を検討する局面で、本人が繰り返し「家に帰りたい」と言う。現象学的には、この言葉を要求として即処理しません。「家」とは物理的場所だけではなく、役割、所有、尊厳、安心の象徴であることがあるからです。

問いは、「家で一番落ち着く時間はいつか」「家で必ずしていたことは何か」「それができなくなると何が失われる感覚になるか」と具体へ戻します。すると「仏壇に手を合わせる」「自分で湯を沸かす」「玄関の戸締りを自分でしたい」といった“要素”として抽出できるかもしれません。支援は、場所の二択ではなく、要素をどこまで再現できるかへ移ります。

4-3. 介護者が限界だが言えない(関係の経験)

家族が疲弊しているが、「自分がやるべきだ」と語り、休息導入に抵抗する。ここで現象学は、家族を「介護力」としてのみ扱いません。罪悪感、評価不安、家族史、周囲の視線といった経験が介護継続を規定していることがあります。

問いは、「一番しんどい時間帯」「手を離すと何が怖いか」「誰に何と言われるのが嫌か」と経験へ置きます。これにより、ショートステイ※7を「休むため」ではなく、「崩れないための運用」として位置づけ直しやすくなります。

※7 ショートステイ(短期入所):施設に短期間宿泊し、介護や機能訓練を受けるサービス。家族の休息(レスパイト)目的で使われることも多い。

5. 現象学とケアマネジメントの接続点(実務上の効果)

現象学を導入すると、次の点で実務が変わります。

  • 第一に、計画の入口が「サービス当てはめ」から「経験の構造把握」へ移る。導入後の拒否・中断が減りやすい。
  • 第二に、本人の希望が「言葉の表面」から「生活要素」へ分解され、代替案が作りやすい。
  • 第三に、リスク介入が「危険の説明」から「危険が立ち上がる条件の調整」へ移る。事故予防が現実的になる。
  • 第四に、多職種連携で「方針の衝突」が起きた際、本人の経験構造を共通の参照点にできる。意見の方向性が揃いやすい。

6. 限界と注意(現象学を誤用しない)

現象学は万能ではありません。以下は注意点です。

  • (1)経験の把握は、医療的安全性の判断を代替しない。急性増悪※8の疑い、重大な有害事象※9の危険が高い局面では、医療連携が優先される。
  • (2)経験の解釈を拡大し過ぎると、本人の語りを専門職が上書きする危険が生じる。語りは引用として残し、評価は別枠で記す。
  • (3)本人の経験と家族の経験は一致しないことがある。両者の経験を並置し、支援設計で折り合いを作る。
  • (4)現象学は心理療法ではない。治療的介入を目的化せず、生活の運用精度を上げるために用いる。
※8 急性増悪(きゅうせいぞうあく):慢性的な病気の状態が急激に悪化すること。
※9 有害事象:治療やケアの過程で生じる、好ましくない症状や出来事。

7. 結語:不確実性を引き受けること

現象学的態度は、支援者に一つの覚悟を要求します。それは、「他者の経験を完全に理解することはできない」という不確実性を引き受けることです。

私たちは専門職として、つい診断名やデータで相手を「分かった」ことにし、安心したくなります。しかし、生活者の経験は常に流動的で、個別的で、こちらの想定を越えていきます。現象学が教えるのは、その分からなさに耐え、安易な結論に飛びつかず(エポケー)、本人の経験が立ち上がる瞬間に立ち会い続ける誠実さです。

ケアマネジメントとは、この不確実性の海で、共に「納得できる暫定解」を探り続ける営みに他なりません。正解がないからこそ、私たちは問い続け、聴き続け、生活者の経験を羅針盤として修正し続けるのです。

臨床の思考法:解釈学×ケアマネジメント
ー語りを意味として扱うー

はじめに:不確実性と向き合う実務技法

ケアマネジメントの現場は、常に「不確実性」に満ちています。医学的な正解と本人の納得はしばしば食い違い、昨日うまくいった支援が今日は拒絶され、家族の意向と本人の希望は複雑に絡み合います。マニュアルや制度の枠組みだけでは、この流動的な現実に太刀打ちできない瞬間が必ず訪れます。

本稿で扱う解釈学(hermeneutics)※1とは、この割り切れない「生活の複雑さ」を切り捨てず、語られた言葉の背後にある「意味」を汲み取り、状況を紐解くための思考法です。これは単なる哲学的な教養ではありません。データでは捕捉できない「その人がその状況をどう意味づけているか」という主観的真実を、支援のロジックに組み込むための実践的な「実務技法」です。

不確実な臨床の海を渡るための羅針盤として、解釈学の視座をケアマネジメントのプロセス(アセスメント・プランニング・モニタリング)へ実装する具体的な「型」を提示します。

※1 解釈学(hermeneutics):テキスト(言葉や行為)の意味を、それが置かれた文脈や全体との関係から理解しようとする学問的営み。

1. 解釈学の中核:語りは「意味」として構造をもつ

解釈学の要点は、「一文の意味は、その一文の中に完結しない」という一点にあります。語りは、生活史、関係性、場面、身体状態、制度との接触経験、期待と失望の履歴によって形づくられます。したがって、理解は常に「部分(発言・表現)」と「全体(生活史・状況・関係)」の往復で更新されます。この往復が解釈学的循環※2です。

ケアマネジメントにおける解釈学的循環は、次の実務そのものに一致します。初回面接の語りを仮説として保持し、訪問観察やサービス事業所からの所感、医療情報、家族の言葉、モニタリングの変化で理解を更新し、その更新をプランへ反映します。理解の更新が「ブレ」ではなく、初期から想定された運用として位置づく点が重要です。

※2 解釈学的循環:全体を理解するためには部分を理解しなければならず、部分を理解するためには全体を理解しなければならないという、解釈の際限のない往復運動のこと。

2. 「語り=情報」だけでは実務が痩せる理由

語りを事実情報としてのみ扱うと、次の現象が起きやすくなります。

  • 第一:「できる/できない」の判定が表面化します。本人が「できる」と言えばできることになり、「できない」と言えばできないことになります。しかし実際には、できる条件とできない条件が混在しています。語りが示すのは能力だけではなく、恐怖、羞恥、疲労、関係維持、役割意識、自己像の保持である場合があります。
  • 第二:「希望=要求」と短絡※3されてしまいます。たとえば「家に帰りたい」は、場所の要求に見えますが、生活の主導権、役割、尊厳、安心、所有、馴染みの手順といった意味の束であることがあります。要求として処理すると二択になりやすくなります。意味として扱うと要素分解ができ、代替案が生まれます。
  • 第三:支援導入の失敗が「本人の問題」として扱われやすくなります。拒否、遅刻、キャンセル、逸脱が起きたとき、語りを意味として扱っていれば「条件が合っていない」という設計問題として再構成できます。語りを情報としてしか扱わないと、性格や意欲へ帰属※4されやすくなります。

解釈学は、これらを避けるために、語りを「意味の構造」として読みます。

※3 短絡(たんらく):論理的な手続きを省略して、原因と結果を性急に結びつけること。
※4 帰属(きぞく):ある出来事の原因をどこに求めるかという心理作用。ここでは「うまくいかない原因=本人の性格」と決めつけることを指す。

3. 語りの読み方:発言を「場面」に戻す

解釈学的実務の第一手は、発言を場面へ戻すことです。場面とは、時間帯、場所、同席者、直前の出来事、身体状態、疲労、疼痛、薬剤影響、睡眠、食事、排泄の状態です。

同じ「もういい」でも、退院説明の最中と、夜間の強い不安時と、家族と口論直後では意味が異なります。場面を押さえずに意味を確定すると、誤配※5が起きやすくなります。したがって、ケアマネ実務では「発言の座標化※6」を先に行います。これは、聞き取り技法であると同時に、安全管理でもあります。

※5 誤配(ごはい):本来届けられるべき宛先とは違う場所へ届いてしまうこと。ここでは意図や意味が正しく伝わらず、誤った理解として定着してしまうことを指す。
※6 座標化:曖昧な情報を、時間や場所などの明確な基準(軸)の中に位置づけ、客観的に把握できるようにすること。

4. 語りには層がある:一文を分解して読む

語りを意味として扱う際、実務で使える分解法が必要となります。ここでは「語りの層」を五層で扱います。以下は説明であり、本人の内面を断定する枠ではありません。

  • 第一層:出来事(何が起きたか)。誰が、いつ、どこで、何をしたか。
  • 第二層:評価(良い/悪い、つらい/楽)。
  • 第三層:意味(何を守りたいか、何を失いたくないか、何が怖いか)。
  • 第四層:関係(誰との距離をどう保ちたいか、どこで遠慮が生じるか)。
  • 第五層:時間(過去の経験が今にどう結びついているか、未来への見通しがどう語られるか)。

たとえば「迷惑をかけたくない」は評価のように見えますが、意味(自己像の保持)、関係(家族への配慮)、時間(過去の経験)が重なり得ます。層を分けると、支援設計の入口が作りやすくなります。

5. 解釈は断定ではなく「仮説」で扱う

解釈は避けられません。避けるべきは断定です。解釈学的実務では、理解は仮説として言語化し、次の問いや観察で検証可能な形にします。

仮説の書き方は短くて構いません。たとえば「外出したい」という語りに対し、「外出が自己決定感を保つ要素である可能性がある」と置きます。次に、その仮説を確かめる問いを用意します。「外出のどの要素が大切か」「外出できないと何が一番困るか」「外出が成り立つ条件は何か」を具体へ下ろします。この手順を踏めば、解釈は支援設計へ翻訳できます。

6. 面接の型:語りを意味として扱う質問設計

解釈学的面接は、情報収集と同時に「意味の輪郭」を掴む面接です。質問は抽象から具体へ降ろし、本人が経験へ戻れる形が良いでしょう。

  • 「その言葉は、いつ一番強く出ますか。」
  • 「そのとき、体のどこがどうなりますか。」
  • 「その場面で、何を一番避けたいですか。」
  • 「同じことが起きても、楽にできる日と難しい日はありますか。」
  • 「できるとしたら、どんな条件ならできますか。」
  • 「その条件を作るために、何を減らして、何を足すとよいですか。」

この問いの目的は説得ではありません。生活要素の抽出です。語りが生活要素に分解できれば、サービス構成・時間帯・頻度・関わり方の設計が可能となります。

7. 語りを読むときに注視する「表現の手掛かり」

語りの意味は、内容だけでなく表現にも宿ります。実務上、注視しやすい手掛かりは次の通りです。

  • 比喩:「足が床に吸い付く」「頭が真っ白」「胸がつかえる」などは身体性と不安の結びつきを表すことがあります。
  • 反復:同じ言葉が繰り返されるとき、そこに意味の核があることが多いものです。
  • 時制:「昔は」「もう」「これから」といった時間語は、本人の自己理解と見通しの構造に関わります。
  • 主語の変化:「私は」から「うちは」「みんなは」へ移るとき、関係や責任の配置が変化していることがあります。
  • 沈黙:沈黙は情報不足ではなく、言語化できない負担や躊躇の表出である場合があります。沈黙は埋めず、場面を押さえ、次に具体へ降ろす問いへ移ります。

これらは診断ではありません。支援設計の入口となる手掛かりです。

8. ケアプランへの翻訳:意味→破綻点→介入→評価

解釈学を「読み物」で終わらせず実務にするには、翻訳の型が必要となります。翻訳は四段で良いでしょう。

  • 第一:意味の核を短文化します。(例:「自分で決めたい」「家族に迷惑をかけたくない」「安心して眠りたい」など)
  • 第二:破綻点へ接続します。意味の核が損なわれたとき、何が崩れるか。転倒、受療遅延、服薬逸脱、栄養低下、介護者疲弊、関係悪化などとして見立てます。
  • 第三:介入を設計します。環境、手順、時間帯、支援者配置、頻度、説明の仕方、入口の作り方を調整します。
  • 第四:評価指標と更新条件を置きます。語りの核が保たれているか、破綻点が減っているかを観察可能な指標で追います。

この翻訳ができれば、語りはケアプランの中で「運用可能な要素」になります。

9. 多職種連携での解釈学:意見差を「意味の争点」へ再配置する

現場では、医師は安全性、訪問看護は症状観察、介護は生活手順、家族は持続可能性を優先しやすいものです。意見が割れたとき、正しさを競うと調整が止まってしまいます。解釈学は、本人の語りの核となる意味を共通参照点にし、介入設計の争点を整理します。

「外出は危険だ」という安全性の主張と、「外出したい」という本人の語りが衝突する場合、争点は外出可否の二択に見えます。しかし意味の核が「自己決定感」「社会との接続」「役割の維持」であれば、介入は条件設計へ移ります。時間帯、距離、同伴、休息点、歩行補助、撤退基準を設定し、短周期で評価します。これにより、各職種の優先順位が介入の要素として分配されます。

10. 記録の型:語り・観察・解釈・方針を分離する

解釈学的支援は、記録が混ざると検証不能になります。したがって分離が必要となります。以下は「型」であり、文章は短くて構いません。

まず本人・家族の発言を引用として残します。次に観察事実を具体で残します。次に解釈仮説を「可能性がある」「~と捉えた」として仮説形で残します。最後に方針として「誰が何をいつどの頻度で」「評価はいつ」「更新条件は何か」を記します。
この構造で書けば、後日、状況が変化しても理解の更新が追跡できます。

記録例(書式例)

本人発言:「夜になると怖くてトイレに行けない。転ぶ映像が出る。」
観察:夜間は足元照明が弱く、ベッドから廊下へ出る動線に物品が置かれている。起立直後に手すりへ手が届かず停止する場面がある。
解釈仮説:夜間排泄動作において、転倒恐怖が身体感覚と結びつき、動作開始を阻害している可能性がある。
方針:動線整理と足元照明調整、ベッド周囲の支持物配置を優先する。就寝前排泄誘導と夜間の起立手順(端座位保持)を共有する。評価期間は2週間とし、夜間転倒または強いふらつきが出た場合は人的支援の追加を検討する。

11. 典型語りの深掘り:意味の核を取りこぼさないために

11-1. 「家に帰りたい」

この語りは、場所の希望に見えますが、生活要素の束である場合があります。問いは「家の何が必要か」へ降ろします。「家で必ずしていたこと」「それができないと何が失われる感覚になるか」「その要素は他の場所で再現できるか」を扱います。要素分解ができれば、二択から条件設計へ移れます。

11-2. 「迷惑をかけたくない」

この語りは、支援拒否の形を取りやすいものです。意味の核が自己像の保持であることがあるため、「支援=依存」と結びつけない入口が必要となります。介入は、本人の役割を残す形で最小単位から入れる方が成立しやすいでしょう。

11-3. 「大丈夫」

肯定の語りほど、条件分解が必要となります。「大丈夫でいられる条件」「大丈夫でなくなる瞬間」「一番困る場面」を具体で押さえ、場面別に支援を配置します。

11-4. 「もういい」「どうでもいい」

この語りは意味理解だけで閉じません。疼痛、睡眠障害、薬剤影響、抑うつ※7など医学的評価を要する局面を含み得ます。場面、頻度、身体症状、生活行動の変化を押さえ、必要に応じて医療連携へ接続します。

※7 抑うつ:気分が落ち込み、意欲や活動力が低下している状態。

12. 事例で読む(架空例・解釈学の運用)

12-1. 介護者の語りが硬い例

  • 家族発言:「自分がやるべきだ。ショートはまだ早い。」
  • 場面:面接は本人同席、家族は終始姿勢が硬い。
  • 解釈仮説:休息導入が「責任放棄」と結びつく可能性があります。
  • 検証:一番しんどい時間帯、手を離すと何が怖いか、誰にどう見られるのが嫌かを具体で聴きます。
  • 翻訳:ショート導入を「休むため」ではなく「在宅継続の条件」として位置づけ、頻度は最小単位から開始します。評価は家族睡眠と疲労、本人の生活挙動で追います。

12-2. 本人が「拒否」に見える例

  • 本人発言:「ヘルパーは嫌だ。家のことは触られたくない。」
  • 観察:台所周辺に本人の動線が形成され、物の配置に強い秩序がある。
  • 解釈仮説:他者の介入が「生活の主導権喪失」と結びつく可能性があります。
  • 検証:触られたくない範囲、触ってよい範囲、事前に合意できる手順の有無を確認します。
  • 翻訳:支援を「触る領域」と「触らない領域」で区切り、本人が決められる項目を先に増やします。導入後の継続可否は、拒否の頻度ではなく「生活の主導権が保たれているか」を含めて評価します。

13. 実務実装用ツールキット

KITE PRACTICE TOOLS 解釈学×実務

※以下のツールは、コピーして支援経過記録やアセスメントシート、または手元のメモとしてご活用ください。

語りを「意味」へ分解する質問リスト

本人の「希望」や「拒否」が固着している時に、その背景にある意味をほぐすための問いです。

【場面と条件を問う】
・「その言葉(不安/希望)は、1日の中でいつ一番強く出ますか?」
・「逆に、少し楽に感じる時間や場面はありますか?」
・「同じことが起きても、我慢できる時とできない時の違いは何ですか?」

【意味と恐怖を問う】
・「その場面で、一番避けたいこと(怖いこと)は何ですか?」
・「もしそれができないと、何が失われる感覚になりますか?」
・「誰に、どのような姿を見られるのが一番つらいですか?」

【条件設計へ繋げる】
・「できるとしたら、どんな条件なら少し試せそうですか?」
・「今の生活で、『これだけは変えたくない』という手順はどこですか?」
・「安心のために、何を減らして、何を足すとよいと思いますか?」
          

解釈学的記録作成

「発言・観察」と「解釈・方針」を分離する型です。入力すると整形されます。

多職種連携・争点整理メモ

意見が割れた際、正しさの議論ではなく「重視している意味」の違いとして整理するための枠組みです。

【争点整理シート】

■ 本人の語りの核(守りたい意味)
[                                        ]

■ 各視点の主張と懸念
--------------------------------------
A. 安全性(医療・家族など)
   主張:
   懸念(破綻点):
--------------------------------------
B. 持続性・生活の質(本人・介護など)
   主張:
   懸念(破綻点):
--------------------------------------

■ 統合案(条件付き合意の設計)
1. 撤退ライン(これが起きたら中止):
   [                                    ]

2. 実施条件(時間・頻度・環境):
   [                                    ]

3. 評価期間(いつ判断するか):
   [                                    ]
          
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